第91話 ミノリの音が一切聞こえていない

「そ……そんな。鋼太こうたさん、僕は……!」

まだやれる。まだ戦える。そんな言葉を口に出そうとした真一は鋼太の目を見て、声が出なくなった。

 振り返り、真一を見下ろす鋼太の目は、威嚇いかくするような鋭い目だった。

 邪魔だ。足手纏あしでまといいだ。これ以上面倒事を増やすな。そう言っているように感じた。そんな目で見られては、もう真一はこれ以上何をしようとも思えなかった。事実。その通りなのだから。

 あのまま闇雲に戦っていれば、知性のある人型ひとがた相手にいいようにあしらわれ、状況を更に悪化させていたに違いない。そんなことは真一自身が一番よく分かっていた。


 ザッ……ザッ……


 真一の背後から物音が聞こえた。

 他にも悪鬼あっきがいたのかと思って身構えるが、それは思い違いだった。

「ミノリ……」

 茂みから現れたミノリは、とても悲しそうな目をしていた。その表情は、真一からは軽蔑するようにも、嘲笑あざわらうかのようにも見えたが、真一はすぐに顔をらしてしまったため、よく分からない。

 ミノリは無言で真一の隣に立ち、武器である笛を手にしている。

「ミノリさん」

ミノリが来たことに気づいた鋼太が、剣を構えたまま彼女に声をかける。

「状況報告をします。敵は人型悪鬼【ドッペルゲンガー】。現在は四体に分裂中。疲弊した俺たち二人のみでは苦戦は必至。協力を頼みます!」

「分かった。攻撃のタイミングは私が指示を出す。二人は一緒に悪鬼を攻撃して、数を減らして!」

「はい!」

「了解ミノちゃん!」

ミノリは笛を構え、鋼太も彩華も臨戦態勢となる。


 四体の悪鬼は不規則に鋼太たちに襲いかかる。しかし二人は焦って攻撃することはない。お互いに背を向け合い、お互いの様子は見えないはずだが、まるで示し合わせたかのように攻撃のタイミングはピッタリ合っている。それはまるで磨き上げられた演舞のようだった。鋼太が攻撃を受け止めて動けないとき、背後からの攻撃は彩華が棒状になったむちを伸ばして防ぎ、彩華の背後に近づく敵の攻撃は、鋼太が高速移動で受け止める。二人は互いの隙を補い合い、全く隙のない完璧なコンビネーションを見せていた。

 

 これは、ミノリの指揮がなせる技なのか……?

 真一はそう考えた。おそらく、それは間違いではない。しかし、それが全てではないことは分かりきっていた。例え完璧な指示が出されていたとしても、死と隣り合わせの実戦で背中を預け合うなど、よほどの信頼関係がなければ成立しない。鋼太と彩華の信頼、それにミノリの指揮が加わって、コンビネーションは完璧なものとなっていたのだ。

 真一は悔しかった。

 戦いに参加できず、足手纏いになっていたことが原因ではない。

 今の真一には、ミノリの音が一切聞こえていないのだ。

 総天祭予選のときも同じだった。みんなが七志ナナシと戦っている間、真一はミノリの音が聞こえず、孤立していた。そこから戦闘に参加する過程でミノリの音を少しだが聞けるようになり、最後には完璧に曲として聞き取ることができた。そのことで、真一は成長できたと思ったが、またあのときの自分に逆戻りしてしまったかのように思えたのだ。

 悔しさで歯を食いしばりながらも、真一は立ち上がった。


 今の自分でも、できることはある。


 戦いに参加しよう、などとは考えなかった。今の自分にできるのは、無防備なミノリを守ること。鋼太と彩華が戦いに最大限集中するためには、誰かがミノリの安全を確保する必要があるのだ。もちろん、最後まで真一が何も活躍することなく、戦いが終わる可能性はかなり高いだろう。それでも、真一は自分のできることをしたかった。何もできない自分を許すことはできないのだから。


「これが最後だ」

「やあぁぁぁぁ!」


 鋼太たちは分裂した悪鬼の最後の二体を同時に倒した。そうすることで、悪鬼の本体、白黒の悪鬼が姿を現す。

 二人は一瞬目くばせをしたのち、一斉に悪鬼の正面に飛び出した。悪鬼は両腕を突き出して攻撃する。二人は左右に飛びのき攻撃をかわす、すると悪鬼は伸ばした両腕を横に広げ、追撃を仕掛けてきた。

「ここで決めるぞ!」

「OK!」

鋼太は堅牢剣けんろうけんの力を一部開放することで、彩華は如意鞭天にょいべんてんを棒状に伸ばすことで、それぞれ上に飛び上がり、悪鬼による横薙よこなぎの攻撃を避け切った。

 腕を広げてしまった悪鬼は、もはや防御の手段を持たない。鋼太と彩華は武器を振りかぶり、二人同時に左右から全力の攻撃をたたきつける。

 二人は悪鬼を中心に攻撃と共にすれ違い、地面に着地する。そして互いに拳を横に突き出し、コツンとぶつける。もはや目視で確認する必要はない。お互いに拳の高さとタイミングは分かり切っているのだ。

『ぐぎゃああああああ!』

それと同時に悪鬼、悪鬼は苦悶の声を上げ、ちりとなって消滅していった。

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