第90話 頭を冷やせ
真一の手には確かな手応えが感じられていた。避けられてはいない、攻撃は命中したのだ。
「やった!」
真一は拳を握りしめる。
自分の能力は
「見てましたか!
真一は笑顔で振り返る。
褒められると思っていた。
よくやった。やるじゃん。流石だな。
二人が笑顔と共に、そんな言葉をかけてくれると思っていた。
しかし、現実は違った。
険しい顔の鋼太と、落胆の表情を浮かべる彩華。そう見えるのは、夜の闇のせいだけではない。
「えっ? 二人ともどうして? 僕、悪鬼をやっつけましたよ?」
「真一」
鋼太の声だ。決して張り上げるような大声ではない。しかし、心に重くのしかかるような低い声で真一に呼びかける。
「なぜ攻撃した?」
ドキリとした。心臓を
「えっと……倒せると、思ったから……」
「俺たちの声は聞こえなかったのか?」
聞こえていた。やめろ、ダメ。いずれも攻撃を中断するように呼びかけるものだった。
「でっ……でも」
悪鬼が倒せたならいいじゃないですか。そんな真一の言い訳を先読みしたかのように、鋼太は言葉を続ける。
「見ろ」
そう言って鋼太が指さしたのは、真一が攻撃を放った先。草木を薙ぎ倒し、いまだ土煙の舞う場所。真一は恐る恐るそこへ目を向ける。
まさかまだ悪鬼を倒せていないのか。あの攻撃を食らってもまだ生きているのか。そんな恐怖が募る。
土煙の中で動く影を、真一は見た。
甘かった。
真一は直前の自分の思考をそう評価した。
倒せていないとか、まだ生きているとか、現実はそんな生優しいものではなかった。
悪鬼を倒せていないのは当たり前で、まだ生きているのも当たり前。そんな、状況が変わっていないかも、という想像はただの希望。実際は、最悪の状況に転じていた。
「そんな……何で⁉︎」
悪鬼は二体に増えていたのだ。白い個体と、黒い個体。先ほどの白黒だった悪鬼がちょうど中央から分離したかのように。
「あの悪鬼は左右同時に攻撃しなければ、ああやって分裂して数を増やしていく……」
鋼太は冷静に語る。
「あれが、お前のやったことの結果だ」
「……」
言葉が出なかった。自分勝手な考えで仲間の指示を無視して突っ込み、最悪の状況を作り出し、その全ての責任が言い訳の余地もなく全て自分にあることが分かったからだ。
「ああなってからは、白い個体と黒い個体を同時に倒し、そうすることで最後に出現する白黒の個体を左右同時に攻撃して倒すしかない」
「だったら……!」
真一は焦っていた。
自分の失敗は、自分の行動で取り返したいと思っていたのだ。そして何より、早くこの罪悪感から解放されたいと思っていた。
白と黒を同時に倒せばいいなら、それだけ攻撃範囲の広い技を出せばいい。
簡単なことだ。今悪鬼は二体横並びになっている。ここで魔力の斬撃を
「はぁっ!」
真一の放った刃は正確に二体の悪鬼を捉えていた。このままいけば二体とも同時に倒せるだろう。
しかし、この悪鬼には知性がある。そう簡単に倒されてはくれない。
『あぁぁぁぁっ!』
「そんな……」
真一は嘆きの声を漏らす。
悪鬼は自ら攻撃に当たるタイミングをずらし、さらに分裂、増殖していた。これにより、悪鬼は四体になっていた。
「クソっ! だったら!」
斬撃を飛ばすと同時に高速移動をして、二体同時に攻撃する。そうすれば今みたいなことはできないはず。
今度こそ、今度こそ……!
真一の全身に力が入る。難易度の高い攻撃だが、自分なら、今の自分なら、きっとできるはずだ!
「えっ? うわぁっ!」
不意に真一の体が持ち上がった。
「鋼太さん! 何するんですか⁉︎」
真一を持ち上げたのは鋼太だった。鋼太は真一を肩に担ぎ、そのまま後ろへ下がって行った。そして、真一を地面に放り出す。
「お前はそこで、頭を冷やせ」
真一はぽかんと口を開け、鋼太の姿を見上げることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます