第89話 来いよ白黒野郎!

 草木をけ、真一は彩華あやかが向かった方へと走って行った。

 自分も悪鬼あっきと戦いたい。戦えば、戦いさえすれば、そこに自分の居場所がある。戦いの最中は悩まないで済む。戦えば役に立てる。強い自分には価値がある。

 走る真一の耳に、激しい戦いの音が聞こえてくる。金属がぶつかり合う音、雄叫おたけび、そして地響き。戦いの舞台はもうすぐそこだ。

「彩華さん! 鋼太こうたさん!」

茂みを抜け、ひらけた草原に真一は飛び出した。そして、二人が戦っている悪鬼

の姿をその目に捉えた。


 不気味な悪鬼だった。

 分類は人型ひとがた悪鬼。身長は真一とさほど変わらない。体型は細身の男性型。ここまでは人間と大して変わらない。しかしその肩や肘からは不気味な突起が伸びており、二つの目は異常なまでに大きく、まばたきすることもなく常に見開かれている。また、左右の目の焦点が合っておらず、それぞれバラバラに動いており、そして何より、体の中央を起点に左右で色が分かれていた。片方は白く、もう片方は黒い。

「こいつが上級悪鬼か……!」

今までシミュレーターで戦ったことがある虫型むしがた獣型けものがたより明らかに小さい。一見すると、それらよりもかなり弱そうに見える。しかし、真一は油断はしていない。人型と戦った経験はないが、知識ならばあるからだ。

 人型悪鬼には、本能のみで動く下級悪鬼と違い。こちらの能力や戦い方を分析し、考えながら戦う。それに、個体ごとに固有の特殊能力もあり、それらは心機しんきの能力の元にもなっている。

 

 だが、それがどうした。

 真一はそう考えていた。


 要は特殊能力を持つ人間との戦闘と同じこと。それならば総天祭そうてんさいで散々経験してきた。

 今の自分の強さなら、確実に勝てる!


「前に出過ぎるな、真一!」

真一の後方から、鋼太が叫ぶ。

「おおよその事情は彩華から聞いた。加勢はありがたい。だが、これはチームでの戦いだ。一人では勝てんぞ!」

「……分かってます」

真一は振り向くことなく返事をする。

「さぁ……来いよ白黒野郎!」

真一は剣を構えた。

 一人で突っ込むことはしない。最初の構えは防御の姿勢。相手の出方をうかが堅牢剣けんろうけんの基本的な戦術。相手との距離は十数メートル。近接攻撃は届かない距離。しかし、相手には移動する気配がない。つまり、近づく必要がないのだ。これはすなわち、相手には遠距離用の攻撃があることを意味する。真一はその攻撃を待っていた。

 左右バラバラに動く悪鬼の両目はついに真一を捉えた。そして首をカクカクと左右に振ったのち、手を前へと突き出した。

 

「⁉︎」


 気がついた頃には、悪鬼の手は真一の眼前すれすれまで届いていた。真一は体を横に倒し、すんでの所でそれをかわす。

 何が起こっている? 悪鬼が瞬間移動したのか? 

 その疑問はすぐに解決された。見ると、悪鬼はその場を動くことなく、腕だけを伸ばして、真一に攻撃を仕掛けてきたのだ。

「なるほど……そうと分かれば!」

真一は悪鬼に向かって走り出した。

 悪鬼は続けて反対側の腕を伸ばし、真一に攻撃を仕掛ける。しかし、それは剣によって受け流される。

 手が伸びるならばきっと……。

 そう考える真一の読みは当たった。

 悪鬼は続いて脚を伸ばして攻撃を仕掛けてきた。攻撃の予測ができれば、どんな技もさほど驚異ではない。真一はそれさえも受け流し、さらに悪鬼へと近づく。

 人型である以上、残されたもう一方の足は攻撃には使えない。体を支えられなくなってしまうからだ。真一はそこを狙い、剣に魔力をまとわせる。

 いける……!

 大智だいちと戦ったときは無意識にやっていたが、今度は意識して同じことをする。剣に纏わせた魔力を振り抜くと当時に切り離し、刃にして飛ばす遠距離攻撃。これを真一は見事に成功させ、悪鬼の軸足を切り裂いた。

『うごおおおおおッ!』

ぐぐもった低い悲鳴を上げ、悪鬼はバランスを崩して倒れていく。


 これで決める!

 真一は堅牢剣の力を解き放ち、光の刃を出現させる。

「やめろ! 真一!」

しんちゃん! ダメー!」

鋼太と彩華の叫び声が聞こえる。しかし知ったことか。この悪鬼は自分が仕留める。

「放て! 堅牢剣!」

光の刃は悪鬼の中心を正確に捉え、真っ二つに切り裂いた。

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