第88話 ……あぁッもうっ!

 ミノリにぶたれた頬を押さえ、真一は自宅へと通じるゲートへ向かう。

 後ろからミノリがついて来ることには気づいていた。しかし振り返ることはない。もう彼女に顔向けはできない。真一は彼女に追いつかれないように、必死にゲートへ向かって走る。

ひらけ……螺生門らしょうもん

ゲートの中に空間の揺らぎが生じ、真一はその中に足を踏み入れる。

「待って真一!」

ミノリの足は存外速かった。真一に追いついたミノリは彼の服の袖をつかみ、一緒に揺らぎの中へと入って行った。

「きゃっ!」

急いで走って来たミノリは、勢い余って真一の背中に激突する。

「うわっ!」

ミノリに押された真一は、地面に倒れてしまった。

ってぇ……」

「ごめん。大丈夫? 真一」

「大……丈夫」

体の正面に当たる硬く冷たい地面の感触と、背中に当たる柔らかく温かい感触を交互に感じる。真一は何だか気恥ずかしく思いつつも、そんなそぶりは見せないように無言で起き上がる。そしてあたりを見回し、ある違和感に気がついた。ゲートから抜けた先が自宅の近所にある神社ではないのだ。

「どこだ、ここ?」

入るゲートを間違えてしまったのだろうか。ここは見知らぬ土地の、見知らぬ神社の鳥居の前。チッ、と舌打ちをして、真一は再びゲートを開こうと鳥居に手をかざした、その時。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 悲鳴と共に、何かが二人に向かって飛んできた。

 それが何かは分からない。しかし、防御のために剣を構える余裕はない。このままでは二人ともそれにぶつかってしまう。

「クソッ!」

 真一はミノリを突き飛ばす。次の瞬間、飛来した物体は真一に直撃した。

 視界が回転し、脳が揺れ、受け身も取らずに地面に倒れ伏す。本日二回目の転倒だか、幸いにも衝撃は軽かった。飛来したのはおそらく人。身長は真一よりも少し高いが体重は軽く、真一の損傷は少し手足をりむいた程度で済んだ。クラクラする頭を持ち上げ、自分の背に乗る相手の無事を確認する。

「あの……大丈夫ですか?」

「あぁ……うん、何とか……って、あれっ?」

この声に、真一には聞き覚えがあった。それにこの香水の香りは以前に嗅いだ覚えがある。

彩華あやかさん?」

しんちゃんじゃん。どうしてここに?」

「いや……それが」

自分にもよく分からなくて。そう言いかけたが、彩華はその言葉を遮った。

「あーごめん真ちゃん、今それどころじゃないんだった! 早く鋼太こうたを助けないと!」

そう言って、彩華は立ち上がり、振り返ることもなく走り出した。

 

 真一は呆気あっけに取られていた。

 一体何が起こっている?

「彩華さんは今、鋼太さんと一緒に悪鬼あっき討伐の任務中なの」

真一が頭を整理するより先に、ミノリが状況を解説する。

「そうか……」

総天祭の最中といえど、SOLAソラが悪鬼を倒すという任務が無くなったわけではない。真一が試合のない時に休めているのは、彼がC級の訓練生だからだ。

「戦っているのか……二人が、悪鬼と」

真一は立ち上がり、剣を取り出す。

「真一、何してるの? まさか戦うつもり?」

ミノリは後ろから真一の手を引いた。

「あぁ」

真一は振り返らない。

「真一はまだC級なんだよ? 任務には参加しちゃだめ!」

「これは任務じゃない。たまたま居合わせただけだ。それに、戦力は多い方がいいだろ?」

「それは……でも、確か二人が相手にしているのは人型ひとがたの上級悪鬼で……」

「だからどうした? 行ってくる!」

真一はミノリの制止を振り切り、彩華のあとを追って走り出した。

「……あぁッもうっ!」

ミノリは地団駄じだんだを踏んだのち、笛を構え、演奏するように指を運んだ。そうしてしばらく指を動かすと、構えを解き、真一のあとを追った。

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