第87話 命を軽んじるようなことを言わないで!

御月みつきさんに会いに行く? 会ってどうするんだ?」

真一は嘲笑あざわらうように言い捨て、ミノリに握られた手を振りほどいた。

「あの人に一体何ができるって言うんだ……」

昔は強かったかもしれない、しかし今の彼女はただの病人。何もない所でつまずき、器具がなければ飲み物も飲めない患者。そんな女に何ができる。そんな言葉が喉から出かけて、言うのをやめた。彼女はミノリの姉。S級隊員たちが敬愛する隊長。自分が知らないだけで、彼女はすごい人物なのだろう。それだけは感じることができる。

「何ができるかは分からないけど」

ミノリが口を開く。

「みんなで話し合おう。一人で悩んでちゃ、絶対ダメ。鉄也てつやさんや晶子あきこさんとも一緒に考えて、そうすれば……!」

「なぁミノリ……」

真一はミノリの話を遮った。

「どうして君はそんなに僕によくしてくれるんだ?」

真一はずっと思っていたことを口に出した。

「君にとって僕はただのC級隊員。たくさんいるSOLAソラの訓練生の内の一人でしかない。ここには強い人がたくさんいる。そんな中で、僕一人がどうなったって君には何の影響もないはずだ。きっと、僕以外にも色々と思い悩んでいる人はたくさんいる。僕以上に危険な状態の人だっているだろう。なのにどうして切り捨てない。どうして毎回僕を助けようとしてくれるんだ。僕を助けて君に何のメリットがある。僕が君に何をしてやれる。迷惑しかかけない、こんな僕に、何ができるんだ! 教えてくれミノリ……天川あまかわ御祈みのり……」

 真一の言葉を聞いても、ミノリは驚いた様子は見せなかった。彼女はただ、静かに真一の言葉に耳を傾ける。

「こんな僕に、一体何の価値があると言うんだ……」

真一は最後にそう言葉を漏らした。

「そんなことを思っていたんだね」

ミノリはゆっくりと口を開く。

「言ってくれてありがとう」

ミノリは、座っている真一と目線を合わせるようにしゃがみ込む。

「真一はね、昔のお姉ちゃんに似ていたの。SOLAに入ったばかりなのにすごく強くて、かっこよくて、初めての総天祭そうてんさいでも勝ち進める。それは私が見てきた、お姉ちゃんの姿と同じ。でも、だからこそ心配だった。真一が、昔のお姉ちゃんと同じように、壊れそうになってしまわないかって……」

昔の御月に何があったのか。真一はそのことが少し気に掛かったが、特に口を挟むこともなく、ミノリの話を聞き続けた。

「お姉ちゃんは、それでも大丈夫だった。何とかなった。それは、大智だいち雅輝まさき、鉄也さんと晶子さん、それに大空おおぞらさんも。色々な人の協力があったから。だから、みんなと一緒なら真一だってきっと……」

「結局何だよ! お姉ちゃんお姉ちゃんって! あんたも……あんたも僕を見ていないのか! 僕じゃなくて、僕の中の御月さんを見ているのか!」

真一は立ち上がり、ミノリを責める。

「……違う! ごめん、違うの。私は真一を……!」

「何が違うもんか! あんたは僕なんてどうでもいいんだ! そんなにお姉ちゃんが好きなら、勝手にしろよ!」

真一はそう言い捨てて控え室を飛び出した。

「待って真一!」

ミノリも急いで彼の後を追う。

「お願い待って真一、今のままじゃ真一は……!」

「今のままじゃどうなるって言うんだ? 悪鬼にでもなって、みんなに殺されるのか?」

「……そうならない、とは、言えない状況になってるの……」

「それならそれでいいじゃないか。殺したければ殺せ」

「死んでもいいの⁉︎」

「こんなクソみたいな人間、死んだって誰にも迷惑かからないだろ!」

「本当に……本当に殺されちゃうかもしれないんだよ?」

「もういいんだよ、しつこいな! 僕がどう生きてどう死のうが、僕の勝手だろ!」


 バシィッ!

 

 二人のいる廊下にこだまする音、そして流れる沈黙。遅れてやってくる頬のしびれるような痛みで、真一は自分がぶたれたことに気がついた。

「……はっ?」

「そんな……自分の命をかろんじるようなことを言わないで!」

真一は、ミノリが声を荒らげるのを初めて見た。彼女の目には少しの涙がにじんでいる。

 

 それ以上に、真一は衝撃を受けた。

 ぶたれた。

 ぶたれた。

 SOLAで唯一信頼できたかもしれない彼女にぶたれた。

 もう終わりだ。だめだ。僕はこの組織ではやっていけない。


「ごめんミノリ……ごめん」

真一は少しの間とぼとぼと歩いたのち、家の近くへと通じるゲートへと走り出した。

「真一……真一!」

ミノリもその後に続き、彼を追って走り出した。

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