第86話 もう一回、お姉ちゃんに会いに行こう

 堅牢剣けんろうけん切先きっさきは、地に伏せた大智だいちの顔面目掛けて突き出された。

 剣は床を粉砕し、地中に深く突き刺さる。

 その時、細かく割れた石の破片が飛び散り、真一の髪を縛っていたゴムを切った。

 真一の長い髪が風になびき、大きく広がった。


「……っ!」


 僕は今まで何をしていた?

 総天祭そうてんさいで大智と戦って、そして……。

 今までの戦いの記憶を辿る。自身の戦い方、その時の感情、それらを自覚し、真一は静かに叫ぶ。


「あっ……! あぁぁぁ……っ!」 


 完全にまれていた、自分の中の暗い感情に。それは怒り、うらみ、嫉妬しっと、破壊衝動……。その湧き上がる感情に心を侵食され、我を忘れて戦ってしまった。今はどういうわけか平気だが、あのまま続けていたらどうなっていたか……。

 

 ビーッ! ビーッ!


 会場中に響くブザー音、ざわめく観客。それは真一の心をかき乱す。

 自分は何かとんでもないことをしてしまったのではないか。大智は無事なのだろうか。自分はこれからどうなるのだろうか。様々な不安が頭を巡る。

 

『えー、ここでみなさんに連絡があります』

晶子あきこによる放送が入る。

『ただ今の試合、S級代表風間かざま大智だいち選手、途中棄権により、C級代表星野ほしの真一しんいち選手を準決勝の勝者とします』

観客の混乱は更に激しくなる。そこで、鉄也てつやによる解説が入る。

『大智は事前に「遊浮王ユーフォーが動かなくなったら棄権する」ようにしシミュレーターに登録していた。これにより、真一による最後の攻撃が当たる直前に、大智はシミュレーターから外に出ていた』

『先ほどのブザーは、大智くんの途中棄権が確認されたことによる物です。お騒がせしました』


「なんだよ、びっくりしたぁ」「事故でもあったのかと思った」

観客たちは口々に安堵あんどの声を漏らす。

『それでは、素晴らしい試合を見せてくれた二人の隊員に、改めて入場してもらいましょう!』

晶子の指示を受けシミュレーターから出た真一は、舞台の中央で大智と向かい合う。

「強いね! オレの負けだよ!」

先に口を開いたのは大智だった。負けたというのに、ニカッと笑った清々すがすがしい表情だ。

「オレに勝ったんだから、このまま優勝してくれよ!」

「あ……あぁ」

「と言っても、決勝の相手は多分まさにいになるだろうから、簡単にはいかないけどね」

「うん、分かった……」

「オレに勝ったのに雅にいに負けたら、雅にいよりオレの方が弱いみたいになっちゃうからねぇ」

大智は至って明るく話す。それは本心からの行動か、それとも内に秘めた悔しさを押し殺すための強がりか、真一には分からない。しかし、仮に大智の内に燃えたぎるような悔しさがあったとしても、それを表に出し、彼が負の感情に呑まれることはないだろう。

「次の試合も頑張ってねー、じゃーね!」

大智はそのまま手を振って退場した。真一もそれに続き退場する。

 観客たちは二人に向けて拍手で見送る。しかし、その割れんばかりの喝采も、真一の耳には届かなかった。


 控え室に戻った真一は、一人ベンチでうなだれていた。髪を結んでいたゴムが切れ、髪が垂れた真一から見える視界はとても狭く、そして暗かった。

 S級相手に勝ったというのに、喜びなど微塵みじんもない。ただ、自身に起こった変化が怖かった。

『素直になればいいのサ』

再び思い出す七志ナナシの言葉。

 彼の言う通り、真一はある意味、素直になったから勝てたのだ。純粋に相手を殺すことのみを考えて、その心と思考に従って体も勝手に動いた。一切のためらいも葛藤もない自由な精神状態。そして真一はそれをと感じていた。これが本来の自分なのだ、と。そのことがとても恐ろしかった。自分は他人に危害を加えることを本望とした獣のような人間だったのか、そんな有害でしかない自分が生きていてもいいのか。そんなはずはないと思いたいが、先ほどまでの自分を思い出すと、否定しきれない。堂々巡りの思考の中、真一の心は深く深く沈んでいった。


 ガチャッ


 控え室の扉を開けて、誰かが入って来た。

 垂れた髪の隙間から、真一は扉の方へと目を向ける。しかしうつむいた真一からは、入って来た人物の靴しか見えなかった。

 女物の革靴。そして黒い靴下。それに真一は見覚えがあった。

 真一は視線を上げる。

 細いが筋肉の詰まった滑らかな脚、青を基調としたミニスカート、そしてセーラー服。

 さらに視線を上げる。

 女性にしては短い髪、大きく可愛らしい瞳、そして、真一の記憶にはない神妙な表情の彼女。

「ミノリ……どうしてここに?」

そう言って、真一はミノリの方へと手を伸ばす。ミノリはその手を黙って取り、両手で包む。

 握られた手を通して、暖かな体温が真一に伝わってくる。幻ではない、本物のミノリが目の前にいる。

 今すぐ飛びついて、抱きしめて、弱音を吐いて、思い切り泣いて、そして彼女の腕に抱きしめられたい。そんな感情が込み上げてくる。しかし、実行はしなかった。できなかった。今衝動のままに動いたら、それこそ試合中の自分と変わらない。真一はわなわなと震えながら、ミノリの手を硬く握りしめる。

「真一……」

ミノリが初めて口を開いた。

「試合、見てたよ」

そうだろう。見られたのだろう。あのひどい試合を。

「大変だったよね、辛かったよね」

やめてくれ、同情なんてしないでくれ。でもそうであれば、何を言って欲しいのだろう。

「今の真一は、多分、ちょっと危険な状態かもしれない……」

分かってる。自分が一番分かってる。

「でも大丈夫。きっと大丈夫。みんながなんとかしてくれる」

きっと? なんとかって? どうやって? 

「だからね真一、もう一回、お姉ちゃんに会いに行こう?」

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