第84話 羅刹化

「真一……っ!」

壁に備え付けられたテレビに映る総天祭そうてんさい準決勝の様子を見て、ミノリは悲鳴にも似た声を漏らす。

「どうしよう……このままじゃ、真一がっ!」

「落ち着きなさい、御祈ミノリ

取り乱すミノリをなだめたのは、病室のベッドに座った御月みつきだった。

「彼はまだ、完全にちてはいないわ」

「そう……かもしれないけど……」

うつむくミノリを横目に御月は立ち上がり、テレビの画面に近づく。そこに映る真一は、禍々まがまがしい魔力をまとい、殺気に満ちた目をしている。

羅刹らせつ……恐ろしい力ね」

「お姉ちゃん、真一は大丈夫なの?」

「とても危険な状態よ。でも、何かが彼の心を守っているみたい」

「……何かって?」

「分からないわ。とても強力で優しい力が彼を守っている。でも、それも長くは保たないわね」

「……もしも、真一が完全に羅刹になったら……」

「殺すしかないわ」

ミノリの質問に、御月は即答する。それは一切の私情を排除した、SOLAソラの隊長としての意見だった。

 御月の言葉を聞いても、ミノリは驚きはしなかった。御月ならそう答えるであろうことは想像できたからだ。そして、彼女ならその言葉を実行に移すことも分かっている。彼女が殺すと言った以上、もしも真一が完全に羅刹になれば、彼の死は絶対だ。戦いになれば、何者も御月には勝てないのだから。

「大丈夫よ、そんな怖い顔しないで御祈。私だって、彼を失いたくはないの」

「今なら、まだ間に合うよね?」

「えぇ、きっとね」

御月は笑顔で答えた。しかしその答えは「きっと」。とても曖昧で、不確かな、希望的観測だ。SOLAの技術をもってしても、完全に『羅刹化』した人間を元に戻す手段は見つかっていないのだ。今ならまだ可能性はあるが、それさえごくわずかな確率だろう。

「私、真一のところに行ってくる!」

「行ってらっしゃい」

「お姉ちゃんも、協力してくれるよね?」

「もちろんよ。真一くんは、大切な仲間だもの」

自分に何ができるのか、姉に何ができるのか。それはミノリ本人も分かってはいなかった。しかし、何もしないわけにはいかない。今の自分にできる精一杯のことをして、仲間の助けになりたいと思っていたのだ。今日、こうして御月の病室に来たのも、彼女に助けを求めるためでもあった。

 ミノリは御月の協力を確信すると、急いで部屋を出て行った。

 

 病室に一人残った御月は、しばらくミノリが出て行った扉を見つめたのちに、部屋のすみへとゆっくりと足を運ぶ。そこにあったのは衣服をしまうクローゼット。その中でも特に厳重に管理された箱を取り出し、ふたを開ける。中にあったのは、しなやかで艶のある青い繊維で編まれたころも。御月はその衣を手に取り、そっとなでた。そして目をつむり、何やら思い悩んだように眉をひそめ、つぶやいた。

「……私も、そろそろ動かないとね」

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