第83話 黙れよ……ガキが

 大智だいち如意鞭天にょいべんてんを振り回し、真一目掛けて振り下ろす。

 この攻撃を真一は避けることしかできない。しかし、避けた先には大智が待ち構えており、遊浮王ユーフォーの腕で殴りつけてくる。それを何とかして受け流し、攻撃に転ずるも堅牢剣けんろうけんで防がれる。


『真一くん、防戦一方ですね……』

真一の戦いを見て、晶子あきこが不安の声を漏らす。

『無理もねーな』

続いて鉄也てつやの解説が入る。

『電光石火の遊浮王に、変幻自在の如意鞭天、それに大智の動体視力を持ってして扱う堅牢剣はまさに絶対防御。全く隙がない』

『それにしても、あれだけ沢山の心機しんきを一気に使うのは大変なのでは?』

『大変なんてもんじゃねぇ。同時に複数の、しかも別々の心機を扱うなんて、右手でルービックキューブをそろえつつ左手で知恵の輪を解き、右足で論文をタイピングしながら左足でドラムのリズムを刻むようなものだ!』

『えぇっと……微妙に分かりづらい例え方ですが、つまりとてつもなく器用ということですね?』

『そうだ。だが、大智にはそれができる。あいつはあらゆる心機の適正があり、同時に相手によって遊浮王を改造する。その臨機応変さこそが、大智の強みだと俺は思う』

『相手に合わせて戦い方を変える……油断も隙もないですね』

 

 真一は大智の攻撃をなんとか防いてはいたが、形勢は明らかに不利。如意鞭天の攻撃は一回でも当たるわけにはいかず、逃げ回るしかなく、どんどん体力が奪われていく。また、大智のスピードについていくためには真一も高速移動をする必要があり、しかしそうする度に剣に蓄えたエネルギーは消費されていく。それに対して大智は堅牢剣を防御にのみ使っているため、エネルギーは増え続ける。

魔力量の勝負をしようにも、相手は百戦錬磨のS級隊員。魔力の量も相当にあるだろう。


 大智は冷静だった。勝負を急ぐことはしない。ゆっくり、しかし確実に、最善手のみを繰り出し、真一の勝ち筋を減らしていく。

度重なる攻撃を回避し、疲弊した真一は、ついに大智のパンチをもろにらってしまう。

「ぐふっ……!」

視界が回転し、内臓が逆流するような衝撃を受けつつも、着地のダメージは堅牢剣によって吸収し受け身を取る。

 だめだ。勝てない。自分の全てが通じない。今までの戦略が何一つとしてこの相手には通用しないのだ。

「クソ……! どうして……どうしてだ!」

真一は怒りにも似た感情を吐き出す。

「どうしてあんたは総天祭そうてんさいに参加しているんだ⁉︎ 最上級のS級であるあんたは、これ以上昇級はできないはず……まさか、隊長にでもなるつもりなのか⁉︎」

「ん?」

大智は不思議そうに首をかしげる。

「隊長にって……オレがなれるわけないだろー? みっちゃんは、オレやまさにいが千人いたって倒せやしないんだから」

みっちゃん、雅にいとは、おそらく御月みつき雅輝まさきのことだろう。

 それにしても千人いても勝てないとは大袈裟おおげさに言う。それほどまでにあの女は強いのか。

「だったら何のために参加してんだ! 隊長になる気がないなら、最強のS級が総天祭に参加すること自体、他の隊員にとっては迷惑でしかないだろ⁉︎」

真一の言葉に、始終余裕そうだった大智から、笑顔が消えた。


「オレたちが強いってことを、隊長のみっちゃんに示すためさ」

 大智の雰囲気の変化を感じ、真一は冷や汗をかき、背筋は凍るように寒くなる。


「みっちゃんは『天才てんさい』だ。どんな悪鬼が相手でも絶対に負けはしない。でも、今のみっちゃんは戦えない、戦えなくなっちゃった。それは……オレが、オレたちが弱いせいもある。……でも、もしもオレたちS級でも倒せない悪鬼が現れたら、みっちゃんは戦わなきゃいけなくなる。そんなことにはさせない。オレたちS級が最強であることを示して、みっちゃんがいなくても大丈夫だよって、証明しないといけないんだ」

大智は淡々と語った。深い悲しみを抑えるように、わざと淡々と……。

「でもオレさ……S級の他の二人と違って弱かったんだよ。ミノちゃんみたいにカリスマ性もないし、雅にいみたいにスゲー能力もなかったからさ。それでも大人になれば、たくさん鍛えれば強くなれるかなーと思ってたんだけど、SOLAでの検査で分かっちゃったんだよね。オレはこれから先、身長もあまり伸びないし、どれだけ鍛えても筋肉は付きにくいんだって。だから、みんなに置いていかれたような気がして、寂しかったな。孤独だった……」

 『夜長よなが夏至げし』で幼くして家族を失った大智にとって、御月たち三人についていけないかもという感覚はとてつもない孤独感を生み出した。SOLAソラの隊員という実力勝負の世界では他人を頼ることはできず、ひたすら自分の能力を磨いていくしかない。しかし、そこで追い打ちをかけるように明らかになる肉体的にはこれ以上成長しないという事実。それは絶望的だった。いかなる努力をしても、生まれ持った自分の肉体では強くなれないのだと科学的に証明されてしまったからだ。

「でも、オレはオレだ。オレにできることを探して、必死に努力して、それで他の誰にも負けない強さを手に入れたんだ! だからみっちゃんを安心させるためにも、オレはこんな所じゃ負けないぞー!」

大智の表情に笑顔が戻り、やる気満々に遊浮王の拳を構える。

 そんな大智とは対照的に、真一の表情からは感情が消えていた……。

「……はぁ?」

真一の心が、何かに侵されていく。

 こいつは何を言っている? 昔は弱かった? 孤独だった? ふざけるな。

 お前は強いじゃないか? 孤独だったとは言っても、どうせ近くにはずっと御月さんもミノリも雅輝もいたんだろう。あいつらが……ミノリが幼いお前をほうっておくわけないじゃないか? それなのに、勝手に孤独を感じて自分はそれを乗り越えたとでも言うのか? ふざけるな、ふざけるな! 

 の方が……もっと孤独だった……!

「黙れよ……ガキが」

もう痛みはない。恐怖もない。感じる心はただ一つ。目の前のムカつく敵を、完膚かんぷなきまでぶっ潰したい。

チカラハナて、堅牢剣ケンロウケン……」


 現れたのは、いつものように白銀はくぎんきらめく巨大な光の刃ではない。

 暗く、禍々まがまがしく、鋭く研ぎ澄まされた魔力の刃。

 真一はそれを大智に向け、言い放つ。


「来いよハエ野郎ヤロウ……ぶったってやる……!」

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