第82話 第二形態

 痛い。苦しい。逃げたい。

 心の底からにじみ出る感情に、体までも侵されていく。もう立てない。もう戦えない。もう無理だ。さっきの攻撃はまともに入った。ただの一般人だった自分が、巨大な鉄の塊で殴られたのだ。立てるはずがない。負けた。もう負けた。僕の初めての総天祭そうてんさいはここで終わり。初出場で準決勝進出。十分だ。これ以上は望まない。僕は全力で戦って、そして負けた。それでいい、それでいいじゃないか。

 諦めて、立ち上がる気力も起きない真一。

 あぁ。こんなふうに地面に寝そべったのなんていつぶりだろう。あれはそう、小学生の時のかけっこで転んでしまったとき……。

 昔の記憶に思いをせる中、真一はあることに気がついた。


 なぜ自分は地面にまだ横たわっているんだ。おかしいじゃないか。これは総天祭、シミュレーターの中で行われる大会だ。戦闘不能になるほどのダメージを受けたら自分はシミュレーターの外に強制排出されるはず。それなのに、自分はまだここにいる。ここにいるんだ。つまり……自分はまだ、戦えるとでも言うのか。

 なんて残酷なんだろう。

 衆人環視の中、年下相手にいいようにやられて、観客は大智だいち大智と大合唱。自分を応援してくれるのはC級の限られた隊員たちのみ。それでも十分ありがたいが、一番応援してほしい彼女は……どちらのことも応援せずに、公平な気持ちで試合を見守っているだろう。もしかしたら、同じS級である大智の方を応援しているかもしれない。彼女と大智は幼馴染おさななじみなのだから、その可能性は高い。

 あぁ、誰か。僕の大切な誰か。お願いだから僕を応援してくれ。純粋な実力勝負では大智に勝てない。立ち上がることさえ難しい。誰か僕に、立ち向かう勇気をくれ!


『あなたのことを信じてるから』

 真一の脳裏に浮かぶ誰かの言葉。

 僕を信じる? どうして? なんで? 僕の何を信じているんだ?


『別に。ただ、私の目標であるあなたがそう簡単に負けてほしくないだけ』

 目標? 僕が? 誰かの目標? 


『あなたなら勝てるわ』

 ……あぁ、思い出した。僕を信じてくれる人。僕を応援してくれる大切な人。こんな僕を強いと思ってくれる人。


真理奈まりな……」

真一にとってたった一人の妹。孤独な真一にとって唯一と言っていい、切っても切れないきずなつながった存在。真一が今どこで誰とどんな戦いをしているのか、彼女は知らないだろう。それでも彼女は信じてくれている。

「だったら……こんなところで無様に倒れているわけにはいかないよな……!」

真一は痛む体にむちを打ち、地面から体を引きがすようにして立ち上がろうとする。

 しかし、これは試合中。相手は真一が立ち上がるのを待ちはしない。

 大智はいまだ体勢の整わない真一目掛けて追撃の右ストレートを放つ。

 真一は堅牢剣けんろうけんの力で飛び上がり、同時に大智の攻撃を受け流した。

 真一の体は遊浮王ユーフォーから伸びたマジックアームの上空数センチの所を回転する。しかしその目は、操縦席に乗る大智を正確に捉えていた。

「放て! 堅牢剣!」

まばゆく輝く光の剣を、すれ違いざまに大智にたたきつける。エネルギーの放出による高速移動に、大智の突進のスピードが重なったカウンター攻撃。剣を振り抜いた真一は姿勢はそのままに地面を滑る。そして自分の体がまだ動くことを実感すると、剣を構えて大智の方を振り返る。 

 どうだ!

 手応えはあった。確かに攻撃は命中した。あの攻撃を受けては、流石のS級隊員もただでは済まないだろう。


「っあっぶねー! びっくりしたぁ……!」

大智のその声を聞いて、真一は戦慄せんりつする。

「まさか倒れてる状態で攻撃を誘って、そこからカウンターを狙うなんてなぁ。咄嗟とっさに反対の腕で防がなかったらやられてたよ」

バカな。そんなバカな。ありえない。あの状況、あのスピードの中、反応できるわけがない。そんなことできるわけがない。


ついに出ましたね。大智くんの本当の強さが……』

晶子あきこの実況が響く。それに続いて鉄也てつやも口を開く

『あぁ。大智が強いのは、遊浮王が強いからじゃねぇ。あの遊浮王を使いこなせるから、大智は強いんだ』

『超スピードの中でも敵を見失わず、そのマジックアームで千の弾丸さえ防ぎ切る『圧倒的あっとうてき動体視力どうたいしりょく』これが大智くんの本当の強さです』

『俺から言わせればそれだけじゃねぇが……まぁ、そっちも十分に脅威だな』

『さぁ、逆転の一手を防がれた真一くん。これからどんな戦いを見せてくれるのか注目です!』


「……確かに攻撃は防がれた。だけど!」

真一は精一杯に声を張り上げ、自分を鼓舞こぶする。

「これでもう遊浮王の片腕は使えないはずだ!」

真一の言う通り、遊浮王の左手は指の関節がゆがみ、配線が切れ、腕もひしゃげてもう動きそうもない。

「いくらお前が速かろうと、右腕一本だけなら、僕は防げる!」

そうだ。片腕の攻撃なら最初から防げた。確かに先ほどのカウンターは決まらなかったが、着実に大智を追い詰めている。まだ負けていない。まだ勝機はある。

「うーん。ほんとだ、もう動かないや……」

大智は操縦席でレバーを操作するが、左腕はぴくりともしない。

「流石だね、真一にいちゃん」

大智は笑った。余裕そうに。楽しそうに。

「そう来なくっちゃ! でないと、わざわざ真一にいちゃん用に遊浮王をチューニングした甲斐かいがないもんねー!」

その瞬間、遊浮王に起こった変化を見て、真一は確信した。今までのは全て遊びだった。片腕を潰されたことなど、大智にとっては痛くもかゆくもない。今までの試合でこれを使わなかったのは、単に使うほどの相手がいなかったからであり、今目の前で起こっていることこそ、大智の本気なのだと。……いや、これでさえ彼の本気ではないのかもしれない。そんな底知れぬ絶望のふちに、真一は沈みかけていた。

「右腕ツー、ウィズ如意鞭天にょいべんてん&左腕Ⅱ、ウィズ堅牢剣!」

遊浮王から伸びてきたのは新たな両腕。そしてその先には彩華の使った如意鞭天と、鋼太の使った堅牢剣が握られていた。

「行くぞー! これが対真一にいちゃん用の、オレの第二だいに形態けいたいだー!」

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