第79話 根性鍛え直してくるよ

「いただきます」

真一は、炊飯器に残った米と昨晩の夕食で残った味噌汁みそしるあたためた簡易的な朝食をる。

星野家の朝食は家族がそろうことはない。父は仕事で朝早くから夜遅くまで家にはおらず、専業主婦の母は真一たちが学校に行く時間よりも遅く起きる。真一と真理奈まりなは中学と小学校で微妙に生活リズムが違うため、朝の時間を共にすることはない。この生活に不満はないが、アニメや漫画などで朝食を家族揃って食べている場面を見ると、少しだけ悲しくなる。あぁ、僕にはこんな日はきっと一生来ないのだろうな、と。

 朝食を済ませ、食器洗いを済ますと、真一は洗面台へ向かう。そこでバシャバシャと顔に水をかけると、鏡を見た。多少気持ちが前向きになったとはいえ、ひどい顔だ。まるで生気がない。断頭台へと向かう罪人と今の真一の顔を比べても、きっと大差がないだろう。

「戦ったって、死ぬわけじゃないのにな」

真一はつぶやいた。そう。試合で戦ったって、死にはしない。殺されもしない。ただ、プライドが傷つき、心理的にダメージを受けるだけ。なんて贅沢ぜいたくな悩みだろう。実際の悪鬼との戦闘では、死ぬことだってあり得るはずだ。

「S級のみんなと隊長は、SOLAに入る前から死ぬかもしれない状況を経験していたんだよな」

そう考え、真一は自分と相手との覚悟の違いを改めて実感した。甘かった。覚悟も、意思も、何もかも。考えれば考えるほど、勝てる見込みがない。

「それでも……『男には、負けると分かっていても戦わなければならないときがある』……か」

真理奈に向けていった言葉を、真一は再び思い出す。このセリフを言ったキャラを、真一は知らない。セリフも間違っているかもしれない。どんな場面で言ったのかも知らない。そのため、真一はこのセリフを自分なりに解釈した。

 負けると分かっていても戦う。これはつまり、『逃げたくない』ということだろう。逃げた臆病な自分より、勇敢に戦った自分を誇りたい。きっと、そういうことだ。つまりはプライド。なるほど、確かに女性には理解されにくいだろう。しかし、真一も男だ。ある一定の理解はできる。

「そうだ。戦う。戦うんだ。他の誰でもない、僕自身のために」

怖いが、もう迷いはしない。


「行ってきます」

なるべくいつも通りにそう言った。特に気合を入れるでもなく、普段通りに。そして、SOLAソラへとつながる神社の鳥居とりいの前まで歩いて行く。そこで真一は、見慣れた人物を見つけた。

「ミノリ……」

彼女はしゃがんで石畳にできた傷をなぞり、悲しそうな顔をしていた。その傷は、以前に真一が七志ナナシに攻撃した際にできたものだ。真一に気づいたミノリは立ち上がる。

「真一、心配したんだよ。彩華あやかさんとの試合以降、SOLAに顔を出さないんだもん」

そう言うミノリは、いつも通り微笑ほほえんでいた。しかし、日陰にいるせいだろうか、いつもよりも少し不安そうにも見えた。

 何が心配なものか、お前はS級。大智だいちの方が大切に決まっている。僕の所に来たって、お前は僕のことなんてこれっぽっちも心配していないくせに、何を言っているんだ。

 そんな思考が真一の頭をよぎる。

 やはり僕は、いい人ではない。

 真一は一度目を閉じ、深呼吸をして、再び目を開ける。

「ありがとう、ミノリ。心配かけたな」

真一は悲しそうに笑った。

「大丈夫、なの?」

「大丈夫じゃないかもしれない。あの後、七志に会ったんだ」

「……」

ミノリは何も言わなかった。おそらくミノリもそのことには気づいていたのだろう。

「あいつ、僕のダメな所とか嫌な所とかを散々指摘してきてさ。そのせいで色々とまいってた。……もしかしたら、今日の戦いで、僕は僕じゃなくなるかもしれない……」

「……どういうこと?」

「僕の中にいるんだ。凄く自己中心的で、周りの全てを見下しているような精神が。そいつに乗っ取られるかもしれない。だから、試してくる。僕が僕のままでいられるかどうかを。もしもそんな弱い精神に負けるようなら、大智との戦いで、根性きたえ直してくるよ」

今ここに真理奈がいたら、また厨二病ちゅうにびょうだと言われるだろうか。多分、色々と恥ずかしいことを言った。二度とは言えないだろう。でもそれでいい。これが僕の本心だ。

「……」

ミノリはやはり何も言わない。もしかしたら彼女は、真一の言っていることを何一つ理解していないのかもしれない。しかしそれでも、何か強い決意を込めての発言であることはみ取れたのだろう。余計な口出しはしない。それが彼女の優しさだった。

「行ってくる」

そう言って、真一は鳥居の前に立った。恐怖も不安も恥ずかしさも、全部背負って戦ってやる。そんな決意を込めて、真一は合言葉を唱える。

ひらけ、螺生門らしょうもん!」

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