第78話 お兄ちゃんは幸せだなって思っただけだよ
「真一……ちょっと真一、返事くらいしなさいよ!」
そう言って、真一の部屋のドアを
食事は喉を通らず、外出もせず、トイレと風呂など最低限の用事以外は部屋からは出ることもなく、ずっと自室でゲームに
「いつまでもゲームしてないで、いい加減出なさいよ。今日は大切な試合の日じゃないの?」
部屋の外から真理奈の
『ダイチはキミより年下ダヨ?』
仮病の連絡をしようと携帯端末を取ったとき、七志の嫌な言葉を思い出す。
『年下相手には絶対に負けられないはずサ。プライドが許さないからネ』
「クッ……!」
真一は唇を
年下相手に敵前逃亡。考えれば考えるほどに恥ずかしい。そんなことはしたくない。あんなガキ相手に負けたくない。
「あんなガキ……か」
また誰かを見下した。相手を見た目や年齢で判断した。大智はS級。SOLA最強の戦士の一人だ。そんな彼を自分は無意識に見下していた。つくづく自分の未熟さに腹が立つ。真一はゲームのコントローラーを壁に投げつけ、セーブもせずにゲーム機の電源を落とす。
試合に出よう。真一はそう決意した。
戦って、負ければ、スッキリするかもしれない。圧倒的な実力差を前に己の未熟さと思い上がりを恥じればいい。そう考えたからだ。およそ前向きな理由ではない。限りなく後ろむきな理由。しかし、限りなく後ろ向きでも、気持ちは確かに前進した。
用意してあった制服に着替え、部屋のドアを開ける。
「うわっ! びっくりした……」
部屋の前に立っていた真理奈と目が合う。
「さっき大きな音したけど何? 大丈夫?」
音とは、コントローラーが壁に当たった音だろう。
「別に、何でもないさ」
真一は言葉を
「まぁ、そんなことどうでもいいわ。真一、やっと出てきてくれたのね」
「あぁ」
「どういう気の変わりようなの?」
「男には、負けると分かっていても戦わなければならないときがあるんだよ」
「はぁ? 何それ? 誰かのセリフ?」
「昔の漫画のセリフ、らしい。僕もよくは知らない」
「……言っとくけど、超ダサいわよ?
ダサくたっていい。今はそんな風にして自分を
「……何? 急にこっち見て、気持ち悪いわね」
真理奈は美人だ。まだ小学五年生であるが、その容姿はかわいいというよりも
「真理奈みたいな美人が妹で、お兄ちゃんは幸せだなって思っただけだよ」
言い終わった瞬間に、真一は殴られた。思いっきり腹を、拳で。
「バカ言ってないで、行く気になったなら、朝食くらい食べなさい」
「はーい」
去っていく真理奈を見送りながら、真一はへらへらと笑って返事をした。
笑った?
遠ざかっていく真理奈を見つめ、真一は考えた。
そうか、自分は、笑えるほどには回復したんだな。
「真理奈、ありがとう」
そう言った真一の言葉は、おそらく彼女には届いていない。しかし、それでもいいと思った。
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