羅刹化

第77話 素直になればいいのサ

 激闘の決着に会場はき、それをさらに盛り上げるように鉄也てつや晶子あきこのナレーションが入る。

『決まったー! まさかまさかの大逆転で勝利したのは、C級代表星野ほしの真一しんいちだー!』

『自分の武器の能力を使いこなした見事な勝利でしたね』

『あぁ。最後に真一が入れた一撃。あれは彩華あやか如意鞭天にょいべんてんの力を意識してのものだろう。光の剣を『攻撃用』としてではなく、ただ『伸ばす』ためにもちいて、むちの拘束を抜ける。伸縮しんしゅく自在じざいの如意鞭天を見てひらめいた新しい使い方だろうな』

『真一くんは戦いの最中に一度、か細い光の剣を出しましたよね? それで「なるほど……」とも言っていました。あれは『伸ばす』ための練習だったのでしょうか?』

『おそらくな。どれだけ伸ばせるのか、その伸ばした剣はどこまで操作できるのか、それを確かめたんだろう』

『その作戦を土壇場どたんばで実行し、成功させる真一くんは、とんでもない度胸の持ち主ですね!』

『そうだな。みんな! そんな度胸ある真一、そして同じぐ激戦を繰り広げた彩華に、もう一度盛大な拍手を送ってやれ!』

シミュレーターを抜け、現実世界の会場へと再び現れた真一は、同じく試合を終えた彩華と向かい合う。

「彩華さん。今日は本当にありがとうございました!」

「……こちらこそ、いい試合だったね。ありがとう、しんちゃん!」

彩華の返答に妙ながあったことを疑問に思いつつも、二人は固い握手をして、会場を後にした。


 選手控え室を出た真一は、会場の外の廊下へと足を運ぶ。時刻は既に夕方。西の空はあかね色に染まり、東の空には暗い紫色の雲が立ち込めている。夏とは言え、六月以降はどんどん日も短くなる。今はもう八月の初旬、暑さは盛りを迎えたが、夕暮れのこの時間は涼しくなり、真一は気に入っていた。本来であれば、このままきれいな夕日でも見つつ帰り支度を始めるのだが、今回はそうもいかなかった。なぜなら、廊下に出てすぐに、多くのC級隊員たちに囲まれてしまったからだ。

「真一くんすごい!」

「また勝ったね!」

「このまま優勝しちゃってよ!」

「最後の作戦勝ちにはシビれたぜ!」

男女様々の隊員たちに囲まれ、真一は驚きつつも、うれしかった。周りの隊員たちの笑顔を見ると、自分の当初の目的である「C級隊員たちに勇気を与える」ということは、もう達成したも同然だと思ったからだ。不思議な気持ちだった。自分が勝って、それで喜んでくれる人がいるという経験を、真一はあまり体験したことがなかった。部活を真面目にやっていたら、こんなこともあったのだろうか。

「みんな、ありがとう! 次もがんばるよ!」

ぎこちなく、当たり障りのない返答であったが、真一にとってはこれが精一杯の答えだった。本当に幸せだと思えた。少し前までは笑顔が苦手だった真一だが、きっと今は心の底から笑えているだろう。

 その時、真一の耳に通りすがった隊員の話す、こんな言葉が聞こえてきた。

「でも、負けた彩華さんかわいそうだったな……」

 真一の幸福感が、一気に消えた瞬間だった。

 試合に負けてしまった相手について、何も考えを巡らせなかったわけではない。自分がもしも少年漫画の主人公なのであれば、試合に勝っても相手をたたえ、負けた相手にも嫌な気持ちを残させないようなことを言えるのだろう。しかし、真一はそれができていたかどうか、自信がない。今思い返してみると、試合後の彩華の顔は、泣き腫れていたようにも思えてきた。

「……みんなごめんね。さっきの試合でちょっと疲れたから。僕はこれで帰るよ。じゃあね」

多少強引な言い方だったが、真一はそう言って隊員たちの囲いを抜けて、帰路に着く。

 負けた彩華さんがかわいそう。当然だ。負けたのだから、かわいそうだ。彼女を応援していた人もいるはずだし、そう感じる人がいたとしても当然のこと。しかし、真一は反則などしておらず、正々堂々と戦って、そして勝った。後ろめたいことは何もない、何もないのだ。


 SOLAソラの入り口にあるゲートを抜け、真一は自宅の近くの神社の鳥居まで移動した。もうすっかり日が暮れ、夜になっていた。

「はぁ……はぁ……」

息が上がっていた。それは何も、疲れのみが理由ではない。真一は石畳の地面に手を付き、自分に言い聞かせるようにつぶやく。

「僕は勝った。僕は勝った。みんなのために戦って、そして勝った。僕は悪くない、そうだ。僕は正しいことをした。そのはずだ……」


「そうだヨ、シンイチ。キミは正しいヨ」

真一の耳元で、不気味な声がささやかれる。咄嗟とっさに剣を抜き払う。それは反射的な攻撃。耳元に近づく蚊を追い払うかのごとく思考する余地もない攻撃。しかし、その攻撃はむなしくくうを切るのみだった。

「また現れやがったか、七志ナナシィ!」

迂闊うかつだった。夜は悪鬼あっきの時間。こんな時間に一人で出歩いていたら、狙われるのは当たり前だ。一応武器はあるとはいえ、状況は悪い。

「そうカッカしないでヨ。別にボクはキミと戦いに来たんじゃナイ。またお祝いに来ただけなのサ」

「二回戦突破おめでとう、ってか?」

「あァその通リ。アヤカとかいう女をぶっ倒して、勝ち進んだそうじゃないカ?」

「……」

「何ダイ? 勝ったっていうのに浮かない顔だネ?」

七志は相変わらずニヤニヤした不気味な笑顔で話しかける。

「分かっタ。相手のことを気にしているんだネ? それもそうカ。キミにとってはあの女も仲間の一人だからネ」

「黙れ……」

七志は構わず話し続ける。

「でも確かに彼女もかわいそうかもネ。だって、キミに負けたんだもン、彼女の夢はかなわなかったってことサ」

「黙れって言ってんだろ!」

「C級のキミが勝ち進むことの意味。キミだってもう分かっているダロ?」

 七志の言う通り、真一は自分が勝ち進むことの意味を理解していた。

 総天祭そうてんさいは、試合に勝ち進めば、その戦績に応じて特別昇級の機会が与えられる。真一はC級なので、A級の鋼太こうたとB級の彩華に勝った時点で、昇級はほぼ確定している。しかし逆に、一番格下であるC級に負けた場合はどうだろうか。おそらく、その試合内容によらず、昇級は難しくなるだろう。ミノリから総天祭の内容を聞いた時点で分かってはいた。しかし、その事実から目を背けたかったのだ。

「キミの存在が、他者の夢を砕いたのサ」

「違う! 僕は悪くない!」

「ソウ。キミは悪くナイ。キミは戦って、そして勝っタ。それが例え他者の夢を砕くことと同義だとしてもネ」

「だったら何だ! テメェはそんなことを言って僕を不快にさせるために来たのか?」

「違うヨ。でも今のキミじゃ、次の相手に勝てないと思ってサ。アドバイスに来たのサ」

「次の相手?」

「S級代表、風間かざま大智だいち。彼は強いヨ、今のキミじゃ勝てナイ」

大智はSOLAの中でも年少者であるが、S級の称号を持つ隊員だ。彼の使う遊浮王ユーフォーのスピードには、どの隊員も追いつけないだろう。

「だったらどうした、もう僕には関係ない。例え負けても……僕はもう目標を達成しているんだ!」

「ダメじゃないカ、シンイチ」

七志はヌッと近づき、真一の顔をのぞき込み、顔を寄せる。そして、吐息が頬に当たるような位置でそのまま話を続ける。

「負けてもイイ? それはキミの本心カイ? ダイチはキミより年下ダヨ? 今までの相手とは違ウ。今まで何をやっても同年代で一番だったキミは、年下相手には絶対に負けられないはずサ。プライドが許さないからネ」

図星だった。自分よりも年下で、しかもS級の大智を見て、劣等感を感じないと言ったらうそになる。

「でもボクは知ってるんダ。ダイチに勝つ方法ヲ」

「何?」

「あッ、やっぱり気になるんだネ。いいヨ、特別に教えてあげル。のサ」

「素直に?」

「そうサ、素直になればイイ。キミが感じた劣等感、いかり、闘争心……それらを素直にき出しにすればイイ。そうすればキミはもっと強くなれル」

「はぁ? そんなの剥き出しにしてたら猿と変わらねーじゃねーか」

「違うヨ、余計な思考から解放されて、本来のキミになるのサ。理性に抑圧されない本来の心を取り戻そうヨ。なんなら、少しだけ手助けしてあげようカ?」

七志は指先に黒い炎を出現させた。そしてそこから高速で火の矢を放つ。真一は瞬時に七志から退くも、それよりも早く火の矢は真一の頭を貫通した。燃えはしない、痛みも傷もない。しかし、その攻撃により真一の記憶と、その時の感情が次々と鮮明に呼び起こされる。


「うああああああああああああ!」


 昔から、真一は周りの誰とも趣味が合わなかった。周りで流行はやっているものはことごとく陳腐ちんぷに見え、何が面白いのか分からない。全て子どもだまし、派手なだけで内容がない。そんなものを面白がるなんて程度が低い。そう思っていた。そしてそれを態度に出していた。そんな自分と友達になろうとは、普通は思わない。今の真一にはそれが分かる。しかし、昔は分からなかった。


「仕方ないサ。キミはキミで好きなことがあったじゃないカ。でも周りはそれを理解してくれなカッタ。同じなのサ。キミも、周りモ。キミのその感情は正しいヨ……」

「あっ……ああぁ!」

 

 昔から、真一は優秀だった。少しやれば何でもできるようになった。勉強でもスポーツでも同じだ。正直、周りの人間がどうしてこんな簡単なこともできないのか理解できなかった。言われた通り、教えられた通りにやればいいじゃないか。先生はしっかり教えている、ちょっと考えれば分かるじゃないか。なのにどうしてやらない、どうして考えない。みんな努力が足りてないんじゃないか、真面目にやっていないんじゃないか。文句を言う前に、少しは原因に向き合って改善する態度を見せろよ。と、そう思っていた。今なら分かる。そんな自分と一緒にいたくないと思うことは当然だ。しかし、昔はそれが分からなかった。


「キミは優秀で、周りのヤツがバカだっただけじゃないカ。優秀なキミがどうしてバカのことを気遣わなきゃいけないんダ? おかしいダロ?」

「やめろ……!」


 昔から、真一は孤独だった。何をしても周りと馴染なじめず、一人でいることを選んできた。好みが合わないから仕方がない。レベルが合わないから仕方がない。自分はきっと特別なんだ。孤独ではなく、孤高なんだ。程度の低いやつには合わせなくていい。自分は特別なんだから。特別な自分は最強なんだ。


「そうさシンイチ。キミは特別サ。SOLAに入ってすぐに上級隊員も倒せる天才なんダヨ」

「違う!」

脳の神経が焼き切れるかのような苦痛を退け、真一は七志の精神攻撃を振り切った。

「確かに、以前の僕はそう考えていた。でも、違った。これは間違いなんだ!」

視界は揺らぎ、手足にも力は入らない。定まらない目線を七志に向け、震える剣を構える。

「そんな考えじゃ仲間は手に入らない。きずなは生まれない。一生孤独なままなんだ。だから僕は、変わらなきゃいけないんだ!」

「でも、だったらキミはどうすればよかったのカナ? 答えはまだ見つかっていないんだロウ?」

「それは……SOLAでこれから探すんだ」

「あんなことを言う人の中でカイ?」

七志は再び真一の記憶を刺激する。

『負けた彩華さんがかわいそう』『勝ってたら彩華さんは……』『後ちょっとで勝てたのに』『女相手にあそこまでやるか?』『C級のくせに生意気なんだよ!』

実際に聞こえた声、聞いたことがない声、そう思われているかもという妄想。その全てが混ざり合い、ありありと頭に流れ込んで来る。傷付いた彩華の姿、泣いている彼女の表情、声。それら全てが現実と寸分たがわぬ鮮明さで真一の目の前に現れた。

 こんなのはうそだ。幻覚だ。妄想だ。自分は変わったし、彩華もそこまで弱くはない。周りの人だってそこまで悪意に満ちてはいない。

 しかし、何度自分に言い聞かせても、七志の見せる幻覚は消えてはくれない。気が触れそうになりながら、真一は堅牢剣の柄を力強く握りしめる。

「うるさい……うるさい! 黙れ七志! の前から今すぐ消えろぉ!」

そのとき、真一は明確な殺意を持って剣を振り下ろした。この一瞬に、殺意以外の感情はなかった。ただ純粋に、七志を殺したいと思ったのだ。そう思って剣を振るった。するとどうだろう。切れ味のないはずの堅牢剣が、鳥居の周りの石畳を切り裂いたのだ。その断面は鏡のように滑らかで、一切の凹凸がない平面そのものだった。

 ハッと、真一は我に返る。もう幻覚は見えていない。

 今何をした、何を考えた。ただ自分に問いかける。そして、普段の自分では考えられないほどの純粋な殺意を思い出し、ただ恐怖する。違う、あんなのは自分じゃない。自分の意思じゃない……と。

「はははハ、やればできるじゃないカ、シンイチ」

真一の攻撃を七志は涼しい顔でかわしていた。もちろん、七志の体には傷一つ付いていない。

「七志テメェ何をした!」

「何モ。ただキミが、自分の気持ちに素直になっただけサ」

自分の気持ちだと。あの殺意が自分の本来の気持ちだと言うのか。違う、違う。僕は人を殺したくなんてない……。

「違わないヨ。今のがキミの本性サ……」

口には出さない真一の思いが、七志には筒抜けになっているようだった。真一は怖くなり、ただ後ずさる。

「待ってるヨ。キミが本当の意味で、自分に素直になる、その時ヲ。ふふふふフ……」

そう言って七志は、夜の闇の中へと消えていった。

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