第74話 もう一つの能力

 彩華あやかが仕掛ける連続攻撃に、真一は逃げ続けることしかできなかった。その様子を観客全員が見守る中、晶子あきこ鉄也てつやが実況で解説に入る。

『真一くん、防戦一方ですね』

『まぁ、この状況じゃそうなるよな』

『それにしても、どうして真一くんは逃げてばかりで防御しないんですか? 彼の堅牢剣けんろうけんは、攻撃を防がないと力を発揮できないはずです。防御さえすれば、攻撃に回れることもあると思うのですが。心機しんき開発かいはつの専門家としての意見をお聞きしたいです』

『そうだな。確かに晶子の言うとおり、堅牢剣は攻撃を防がなければ力を発揮しない。だが、今の真一にはそれができないんだ』

『それはどうしてですか?』

『もしも今、彩華の攻撃を剣で防いでしまったら、剣をむちで巻き取られてしまうかもしれない。と、真一は考えているんだろうな』

『確かに。そうなってしまうと、真一くんは武器を失ってしまうかもしれませんね』

『あぁ。もしも剣を手放さなくても、相手はあの怪力の彩華だ。体ごと振り回されて、壁にたたきつけられれば即ゲームオーバーだ』

『解説ありがとうございます。それにしても、あの如意鞭天にょいべんてんという心機は本当に長く伸びますね』

『あれは使用者の魔力を使って鞭を伸縮させているんだ。伸ばすのにも戻すのにも魔力が必要だ。だが、使用者の魔力が尽きるまでは無限に伸ばせる』

『では、真一くんは一回戦のように相手の魔力切れを狙う戦略を取ることが有効なのでしょうか?』

『それはないな。鞭の伸縮にはそれほど多くの魔力は必要ない』

『それではこの勝負はもう……』

『いや、それはまだ分からないぜ。さぁ、試合の続きを見てみよう』


 鉄也の言うとおり、真一は彩華の攻撃を防げず、魔力切れを狙うこともできなかった。しかし、何も考えずに逃げにてっしていたわけではない。彩華から徐々に離れるにつれて、真一はあることに気がついた。鞭が伸びれはその分だけ質量も増える。それにともない、わずかだが彩華の攻撃のペースが落ちているのだ。また、長くしなる鞭で遠くの敵を狙うのは難しく、狙いもぶれてきている。

 会場の端まで追い詰められた真一は、迫ってくる鞭を横に飛び退くことで見事にかわした。そして、間髪を入れずに高速移動によって彩華に突進する。長く伸びた鞭を縮めるのには時間がかかり、その前に懐に飛び込んでしまえば相手は真一を攻撃することはできない。彩華は鞭の持ち手の部分で防ごうとする。しかし無駄だ。柔らかくしなる鞭で、堅牢剣の攻撃を防げるはずがない。真一は思い切り剣を振り下ろす。


 ガキィ!

 

 響いたのは高い金属音。そして、真一の攻撃は鞭によって防がれてしまったのだ。

「何だって⁉︎」

「ふぅ、危なかった。さすがしんちゃん、やるね。今の攻撃はちょっと驚いたよ」

彩華の手元の鞭は、真一の攻撃を受けてもまっすぐに伸びたままであり、少しもたわむことがなかった。それにあの不自然な音、一体何が起きたのか、真一には理解できなかった。

「あーあ、本当はもっと隠しておきたかったんだけど、仕方ないなー。これが如意鞭天のもう一つの能力。硬質化こうしつかだよ」

「硬質化……⁉︎」

「そ、かたくなるの」

気がつくと、長く伸びた鞭はすでに彩華の身長ほどにまで縮んでおり、同時に棒のように一直線に伸びていた。

「だから……こんな攻撃もできるんだよぉ!」

彩華は手にした武器を真一に向けて振り下ろす。それは鞭のようにしなることはなく、彩華の力を直接伝えてくる鈍器のような威力だった。

「ぐあぁぁぁ……!」

真一はその攻撃を頭上で剣を構えて防いだ。しかし、衝撃を完全になくすことはできず、真一自身にダメージが入る。肩や肘にとんでもない衝撃が走り、腕が痺れる。その隙を彩華は逃さず、次々と攻撃をたたむ。

「それそれそれぇ!」

彩華はまるで演舞えんぶのように棒を振り回し、自身も回転したり、飛び跳ねたりしながら怒涛どとうの攻撃を仕掛ける。真一はたまらず距離を取ったが、それでも彩華は止まらない。

「如意鞭天の能力、忘れたわけじゃないでしょう?」

彩華は棒を素早く伸ばし、真一を突いた。真一はそれを防いだが、勢いまでは殺せず、剣の側面が鳩尾みぞおちにめり込み、体ごと吹き飛ばされてしまった。

「グフッ……ガハッ!」

攻撃を受けた真一は体中が傷だらけになり、立っているのもやっとだった。


 その様子を見て、観客たちはざわめき出す。

「ねぇ、彩華さんってどうしてまだB級なの?」

「そうだよね。あんなに強いのに……」

「一回戦だって、同じB級を相手に圧倒していて、とっくにA級になってもおかしくないはずなのに……」

観客たちは不思議ふしぎそうに首をかしげる。


「あははははははははっ!」

彩華の突然の笑い声に、観客たちはみな驚いた。見ると、彼女の目は大きく見開かれ、口元は裂けたように広がっている。

「まだ立ってる! まだ戦える! 楽しいね真ちゃん! ねぇ、もっともっと楽しもうよ!」

彩華は棒状の如意鞭天を体の横に立て、天をくほどに高く伸ばす。彩華は伸びた棒を両手で力強くつかみ、真一を見据えて狙いを定める。

「行くよ真ちゃん……とらえろ! 如意鞭天!」

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