星野真一は独りじゃない

第75話 B級に留まっている理由

　彩華（あやか）は如意鞭天（にょいべんてん）を天高く伸ばし、真一に狙いを定め、思い切り振り下ろした。

「うおりゃああああああああ！」

真一は堅牢剣（けんろうけん）による高速移動で攻撃をかわす。しかし……。

「⁉︎」

高速移動する真一の目の前に、もう一本の如意鞭天が迫ってきていたのだ。想定外の出来事に、真一はうまく受け身を取れずに硬質化した鞭（むち）に激突してしまう。その光景に、観客も実況席にいる晶子（あきこ）も驚いたようだった。

『彩華さんの武器が二本に増えた⁉︎　確かに総天祭（そうてんさい）には使用する武器は一つという決まりはありませんが、まさか、小さく縮めた如意鞭天をもう一本隠し持っていたのでしょうか？』

晶子の疑問に鉄也（てつや）が答える。

『落ち着け晶子、彩華の手元をよく見ろ。彩華の武器は増えてなんかいない』

そう言われ、晶子は彩華の手元を見た。彩華の両手に一本ずつ持たれた棒の付け根は、たわんだ鞭によって繋（つな）がれていたのだ。

『彩華は長く伸ばした棒の中間部分だけ硬質化を解いて柔らかくした。そして硬質化したままの両端を両手に持っている。それだけだ』

『それだけって……鞭の一部だけ硬質化を解くなんてできたんですか？』

『あっはっは！　もっと褒（ほ）めていいぞ！　如意鞭天は俺たち心機開発部（しんきかいはつぶ）夕空（ゆうぞら）の自信作だからな！　あれはかなりテクニカルな武器で、今みたいに棒の二刀流みたいに使うこともできれば、長さと硬質化する部分を調節すれば三節棍（さんせつこん）にもヌンチャクにもなるんだぜ』

『心機の能力を応用し、様々な状況に応じて戦闘スタイルを使い分けられるんですね』

『そう。如意鞭天の能力はあくまで「伸縮（しんしゅく）自在（じざい）」と「硬質化（こうしつか）」のみだが、それを彩華はうまく使って戦術を組み立てている。開発者の一人として、俺もうれしいぜ』

『なるほど。彩華さんはかなり武器の使い方に慣れているように感じます。強さだけなら……彼女はとっくにA級になってもおかしくありませんからね』

どこか含みのある晶子の発言に、鉄也は眉をひそめる。

『そうだな。強いだけじゃ、うまくいかないんだよな……』

　彩華は長く伸ばした二本の棒を思い切り振り回し、さらに真一を追い詰める。もうほとんど走れない真一は、堅牢剣に蓄えたエネルギーを少しずつ消費しながら高速移動を繰り返して必死によける。しかし、真一がどこに逃げても彩華は瞬時に攻撃を仕掛けてくる。それにより、最初は傷ひとつなかった舞台の床はボロボロに砕け、美しく均一だった姿は見る影もない。

　戦闘に集中した彩華は、もはや誰も近寄れない程に凶暴だったのだ。それこそが、彼女がいまだにB級に留（とど）まっている理由だった。

　悪鬼との戦闘は基本的に数人の隊員によって協力して行われる。しかし、彼女はその怪力と巨大な武器、豪快な戦闘によって、一緒に戦う仲間までも傷つけてしまうことがあった。そんな彼女を制することができるのは同時期に入隊した鋼太（こうた）しかいなかった。鋼太は彼女に匹敵する力と、彼女をたしなめることのできる人間性を併（あわ）せ持ち、まさに彩華にとって理想のパートナーだった。しかし、組織は特定の人としか組めない隊員を実力だけで評価し、昇進させることはなかった。そのため、彩華は今もB級のまま。それに対して鋼太は誰と組んでも問題はなかったため、実力に応じてどんどん昇級し、A級となった。

　鋼太が総天祭に出ると知って、彩華は焦った。鋼太なら、試合を勝ち進んでS級になってもおかしくない。もしもそうなったら、鋼太はさらに遠い存在になってしまう。ならばせめて、自分もA級に昇格して、鋼太に近づきたいと思った。だから彼女は総天祭に参加したのだ。

　徐々に追い詰められる真一を見て、彩華は思った。

　見て鋼太。私、あんたを倒した真ちゃんに勝てそうだよ。あと少し、油断せずに戦っていれば、絶対に勝てるよ。そうしたら、私もA級に近づける、鋼太と並べる。あんたの隣で、対等な関係で、一緒に戦えるよ！

　ドゴオオオオオン！

　轟音（ごうおん）と共に、彩華は地面を打ち砕く。もう舞台の床はほとんどが崩れ落ち、今や真一と彩華が立っている場所以外は瓦礫（がれき）の山と化していた。

「意外と粘るね真（しん）ちゃん！　でも、もう限界なんじゃない！」

満身創痍（まんしんそうい）のまま高速移動を繰り返した真一は、もはや立っているだけで精一杯。また、堅牢剣に蓄えた力もかなりの量を消費してしまっていた。

「……あぁ、その通りだ。だから、次で決める！」

真一は彩華を鋭く睨（にら）みつけ、剣を構える。

「放て……堅牢剣！」