第64話 来ないのなら、こちらから

『これは……どういうことでしょうか?』

司会の晶子あきこは混乱していた。

 

 すでに試合開始の宣言はされている。しかし、真一も鋼太こうたも向かい合って剣を構えたまま微動びどうだにしない。観客たちもざわめき始める中、鉄也てつやの解説が入る。

『まぁ、あいつらの戦いなら当然だろうな。防御が主体の堅牢剣けんろうけんの使い手は、相手の攻撃を防ぐことから攻撃が始まる。つまり、お互いに同じ武器を使う場合、ってわけだ。下手に攻撃を仕掛けたら、その瞬間に負けちまうことだってあり得る。だから、うかつに攻めることができないのさ』


 鉄也の解説通り、真一は鋼太に攻め込めずにいた。鋼太の構えには隙がなく、どこに打ち込んでも防がれてしまうからだ。しかし、このままにらみ合っていても勝負はつかない。おそらく、冷静沈着な鋼太が先にしびれを切らすことはないだろう。ならば、最初にこちらが打ち込み、そこからどう戦うかを考えた方がいいと、真一は思った。


 同じ武器を使っているにしても、真一と鋼太では武器の形状が大きく異なる。真一の武器は竹刀しないのような形で、鋼太のは大剣だ。重量の差が大きい分、速さでは真一が勝つ。だから、こちらの攻撃が防がれても、すぐに対処すれば、カウンターは防げるはず。真一が攻撃した時の鋼太が取りうる行動は三つ。

 ①攻撃をかわすこと。堅牢剣を使っているのに、それはないだろう。

 ②剣で防御すること。この可能性が一番高い。これは堅牢剣の戦い方の基本で、そこから強力なカウンターに繋げようとするだろう。

 ③受け流されること。これが一番怖い。こちらのバランスを崩された所に攻撃されたらひとたまりもない。その場合は……。

 起こり得るあらゆる状況を想定し、真一はその対策を考える。鋼太と対戦すると分かったその時から、対策は十分に練っていた。今はそれを行動に移すだけ。もう睨み合いも飽きた。そろそろ攻め込もう。そう真一が思った時。

「何だ? 来ないのか?」

鋼太はそう言って、剣を下ろした。あの一切の隙がなかった鋼太の構えが解かれて、真一は驚いた。そのため、ここで攻撃を行うという最善の判断を下す機会を逃してしまった。

「来ないのなら、こちらから行かせてもらう!」

鋼太が消えた。真一にはそう見えた。しかし、そんなことはあり得ない。何が起こったのか分からず混乱した次の瞬間、目の前に鋼太が現れ、手にした大剣を振り下ろす。


 ガンッ!


 真一は咄嗟とっさに防御したが完全には防げず、受け流すのが精一杯だった。受け流した鋼太の剣は深々と地面に突き刺さり、その威力の強大さを物語る。

 一体何が起こった⁉︎

 驚いた真一が頭を整理する暇もなく、再び鋼太は姿を消した。

 本当に消えることはない。おそらく高速で移動しているだけ。ただ、どうやって? クソっ、どこに行った⁉︎

 真一は鋼太を探して辺りを見回す。すると不意に、彼の体を覆うように影が落ちてきた。危機を感じた真一が反射的に飛び退いた次の瞬間、さっきまで立っていた石畳の床が砕け散り、衝撃波で真一は吹き飛ばされてしまった。


 背中と胸を打ち一回転。そのまま数メートル地面を擦り、何とか体勢を立て直した真一は、舞い上がる土煙つちけむりの方へと顔を上げる。

「どうした真一? 俺の攻撃を待っていたのではないのか?」

煙の中から、鋼太の声だけが聞こえてくる。視界の悪い中、かすかに見える彼の影が剣を構える。そして、その影が剣を振り上げると凄まじい風が巻き起こり、一瞬にして土煙を払ってしまった。

拍子ひょうしけだな」

粉々に砕けた地面の中心で、鋼太はため息まじりにそうつぶやき、剣を肩に担いだ。

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