第60話 初めてできた戦う理由

「これが、私の知っているあの少年……あなたたちが『七志ナナシジン』と呼んだ少年の全てよ」

夕日が差し込む病室の中、御月みつきは落ち着いた口調で話を終える。ミノリは何やら思い詰めた表情で少し目を伏せていたが、真一は怒りとも悲しみともつかない感情を抱えていた。

(何だこの女が話していることは? 八歳のときに大量の悪鬼あっきを倒した? しかも途中まで心機しんきなしで? そんなことはあり得ない。いくら隊長だからってそんな現実離れした強さなわけがない。それに心機を手に入れてからは七志の体に穴を開けた? 光を操る心機で破壊光線を出して、雲も炎も透過させて星の光を全て吸収した? 何だそれ? どうせ話を盛っているに決まってる。歴代最強の天才だか何だか知らないが、ほら吹きもいい加減にしろ)

真一はそんな思いで御月をにらんだが、深刻な表情をしているミノリの反応を見る限りその全てがうそだとは言えそうにない。若干のばつの悪さを感じたが、それを忘れるためにも真一は話の内容を整理することにした。


(まずは分かったことを整理しよう。はじめに『七志が悪鬼を生み出していたこと』が分かった。それに、『悪鬼を自由に操る力もある』ようだ。これで総天祭そうてんさい予選で七志が悪鬼の再現データを操っていたことも納得できる。

 次に、『七志が誰かを探しているということ』も分かった。それは心の強い誰かで『悪鬼はその人を探すためのもの』だと推測される。総天祭予選でも同じようなことを言っていた。そして『その誰かが僕のそばにいる』とも言っていたな。……だが、現状ではそれ以上の情報はない。

 そして『七志は大空おおぞら隊長が数十年前から時空を超えて現在に送り込んできた存在』で『あの体は大空隊長の家族の物』だと? 意味が分からない。七志は元々意識だけの存在で、大空隊長の家族の体を奪ったとでも言うのか?)


 情報を整理した真一は、更に考え込んだ。

(でも、結局分からないことばかりじゃないか。七志の顔を見たからあいつの記憶が残ることは推測できたが、その理由も分からない。それに、あいつが結局何者で、誰を何のために探しているのかも分からない。……でも)

真一は再び視線を御月とミノリの方へと向ける。ミノリは無言のまま震えた手で御月の手を握り締め、御月はそんなミノリを少し悲しそうな笑顔で見つめている。

(この二人にも家族がいて、七志にその家族を奪われて、幼い姉妹だけが残された。隊長の武勇伝がどこまで本物かは分からないが、少なくとも家族を守りたくて戦ったことは本当なのだろう。そして、この二人のように家族や大切な人を殺された人たちがきっと、他にもたくさんいる。鋼太こうたさんや彩華あやかさん、他の隊員たちだってきっと……。七志は多くの人の悲しみの元凶だ。そんなやつを放ってはおけない)

 そう考えると、真一は居ても立っても居られなくなった。


「なぁ隊長。もう総天祭なんてやってる場合じゃない! 七志が全ての元凶なら、あいつがまた攻めて来た今、『夜長よなが夏至げし』みたいな悲劇が繰り返されるかもしれない。だったら、早くあいつを止めるために戦うべきだろう?」

真一は真剣な表情で御月に訴えかける。

「でも、C級の僕じゃまだ正式な作戦に参加できない。だから隊長、あんたの力で僕をB級に昇格させてくれないか? 予選での戦いは見ていただろ? 戦力的には問題ないはずだ。それ以外にもやるべきことがあるなら何でもやる。僕は絶対に七志を倒したいんだ!」

急に大きな声を出した真一の声を聞いて、ミノリと御月は目を大きくさせた。


「ごめんなさい、真一くん」

先に口を開いたのは御月だった。

「私は確かに隊長だけど、隊員の昇格に関しては私個人が勝手に決めることはできないの」

「あんた隊長なんだろ? 何とかならないのか?」

「提案することはできるわ。でも、認定させるためにはそれなりの理由と、『夕空ゆうぞら』『星空ほしぞら』の両隊長の許可が必要で ……」

鉄也てつやさんも晶子あきこさんも僕の戦いを見ていた! だから……あっ」

だから僕を昇格させてくれ。そう言いかけて、真一はあることに気がついた。

「あの二人は、七志のことを覚えていない……!」

「そう。だから、今の状態で二人を説得することはできないわ」

「そんな……!」

真一は歯を食いしばり、悔しそうにうつむいた。SOLAに入って初めてできた戦う理由、七志を倒したいという思いを抱いた瞬間に、それを達成するための最初の一歩をまだ踏み出せないと知ったからだ。


「その様子を見ると、あなたはあのことを知らないみたいね」

御月は微笑ほほえみながら真一を見た。それに続いて、ミノリは少し申し訳なさそうな顔をしながら口を開く。

「ごめんね、真一。本当だったら私が総天祭に誘った時点で言うべきだったんだけど、真一ったらすぐに受付に行っちゃうんだもん」

「……何の話だ?」

混乱する真一に、ミノリは優しい声で説明する。

「総天祭に参加した人には、その成績によって特別昇進が与えられるんだよ」

真一は息を呑み、目を見開いた。

「そ、それじゃぁ。僕が総天祭を勝ち進めば、B級に昇格できるかもしれないのか?」

「うん。簡単にはいかないけどね。でも、もしも優勝できれば……」

「僕は昇格して、B級になれる……!」

そう言うと、真一は急いで病室の出口へと向かって行った。

「ちょっと真一! どこ行くの?」

「こうしちゃいられない。絶対に優勝できるように、今よりももっと強くならなきゃいけないんだ。だから特訓してくる」

「うふふ。気が早いのね」

そんな真一の様子を見て、御月は静かに笑う。

「優勝するにしても、闇雲に特訓しちゃダメよ。最初の対戦相手くらい知っていないと。ほら、もうそろそろ本戦についての発表があるはずよ」

御月はそう言って、テレビを点けた。


 壁に備え付けられた大きなテレビには、鉄也と晶子の二人が映されていた。

『ようみんな。数々のトラブルに見舞われた総天祭だが、やっと復旧のめどが立ったぞ』

『本戦開催は三日後。予選と同じスタジアムで行われます』

『そして、注目の一回戦第一試合を戦うのは、この二人だ!』

鉄也の掛け声と共に、本戦参加者の名前が書かれたスロットが回転を始めた。

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