第59話 暗闇の中でこそ光輝く

「まだよ! まだ負けてないわ!」

御月みつきはそう叫び、少年と竜の方へと手を突き出す。以前は竜を倒せないと思ったが、今は違う。月煌輪げっこうりんの力があれば、きっと倒すことができる。御月はそう考えていた。しかし、同時にそれがあまりにも希望的観測であることも分かっていた。それでも御月は震えた唇を動かし、精一杯の言葉をしぼり出す。


「照らせ……月煌輪!」


 彼女の声はむなしく周囲にこだまする。光の柱も閃光も何も出ず、ただ彼女のひたいに冷たい汗がにじむ。

「どうして? どうして何も起きないの⁉︎」


「光を、使い尽くしたんだ……」

後ろで倒れている大空おおぞらが、消え入りそうな声で答える。

「月煌輪は、光を操ることはできるが、光を生み出すことはできない。お前は今までの戦いで、私が数ヶ月間め続けた日光を全て使い尽くしてしまったんだ」

「そんな……」

「もう、お前は戦えない……だからせめて、お前だけは生きてくれ」

大空は、極王剣きょくおうけんを御月に向ける。彼女を遠くの安全な場所に移動させようとしたのだ。


 しかし、それを許す少年ではない。

「オオゾラァ、キミまだ生きていたのカ。しつこいねェ」

少年は炎を操り、大空の手から極王剣を弾き飛ばす。剣はくるくると宙を舞い、遠くの地面に突き刺さる。悔しさに歯を食いしばる大空を見て、少年はニヤリと笑う。

「ふふフ。さぁミツキ、これでもう、キミは逃げることも戦うこともできないヨ。大人しくコイツらに食われるんだネ」

少年がそう言うと、三体の竜が一斉に御月へと襲い掛かった。

 

 御月は力なく膝をつき、迫り来る竜を眺めることしかできなかった。不思議なことに、御月にはその光景がまるでスローモーションのようにゆっくりと見えた。このままでは、竜の牙は御月の全身を貫き、内臓をズタズタに引き裂くであろう。そうなれば、確実に死が訪れる。そんな中、様々な思考が彼女の脳を駆けめぐる。

 私が死んでも、きっと困る人はいないわ。元々、私は何もできないただの子どもだったんだもの。今日一日、何か不思議な力で強くなっただけで、今までは誰の役にも立っていなかったのだから。

 竜の牙は、もう御月の目の前まで来ていた。

 困る人はいなくても、悲しむ人の方はどうかしら?

 そう自分に問いかけた時、御月は急速に我に返る。上体をそらし、紙一重で一体目竜の牙と爪をかわし、勢いのままに後ろに飛び退き、そして力強く立ち上がった。続く二体目の竜の攻撃を跳び上がりながら避け、最後の三体目の竜も、空中で竜の鼻を両手で抑えて受け流し、全ての竜の攻撃をかわし切った。

 私が死んだら、御祈ミノリ雅輝まさき大智だいちが悲しむ。だから私は負けられない!

 御月は空に向けて手をかざす。

「照らせ、月煌輪」


「一体何のつもりダイ? キミ、オオゾラの話を聞いていなかったのカナ?」

少年は嫌味たっぷりに御月を挑発する。

「聞いていたわ。光を溜めればいいんでしょう?」

「今は夜ダヨ? どこに光があるって言うんダイ?」

少年の言う通り。今のこの場所に光はない。空は黒い炎に閉ざされ、一筋の光さえ届かない完全な闇の中だ。


「光ならあるわ。この暗く閉ざされた空の向こう。黒い炎と雲の奥には、いつだってあるの。暗闇の中でこそ光輝く、美しい星空が!」

それを聞いて、大空は驚きの声を上げる

「何をするつもりだ……御月」

「こじ開けるのよ……光をさえぎるもの、その全てを」

「よせ……やめろ! 月煌輪に、そこまでの力はないはずだ!」

「私なら……できるわ!」

すると、空をおおっていた炎も雲も全て消え去り、満天の星空があらわになった。

「……消し飛ばしたのか? 全てを?」

唖然あぜんとする大空に対して、御月は至って冷静に答える。

「いいえ、透明にしただけ。雲も炎も、今もそこにある。でもこれで私は……光を手に入れた!」

御月の手に夜空を彩る全ての星の光が落ちていく。それはまるで無数の流れ星のように幻想的な光。やがて、幾万もの星の光は全て消え去り、代わりに御月の指先に光が集中する。御月はまばゆきらめく指先を、再び竜に向けて突き出す。


「消えなさい」

その一言と共に放たれた光は、まっすぐ竜に向けて伸びていった。しかし、瞬時に前に出た少年の持つ刀と黒い炎によってそれがはばまれる。黒い炎と白い光は激しくぶつかり合っていたが、やがて光が炎を突き破り、少年の体に大きな穴を空けた。

「やっ……た」

同時に、御月は全ての力を使い尽くし、その場に倒れ伏した。そして少年は自らに空いた穴を抑え、地面に膝を着く。

「あはハ……あはははハ! すごいナ。今のボクじゃ全然防げないヤ。これがカ! いいことを学べたヨ」

そう言って、少年はゆらりと立ち上がり、御月と大空の方を向く。

「今日はここまでにするヨ。探し物は見つからなかったケド、面白い物を見つけたからネ。それじゃぁミツキ、オオゾラ。また会おウ。それまで、せいぜい

少年は黒い炎を呼び出し、竜と共にその中へと消えていった。

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