第56話 だからね御祈、笑って

 御月みつきたちは、月煌輪げっこうりんの光によって照らされた道を歩く。大智だいちやミノリははしゃいでいたが、御月は不安そうな表情をしていた。暗闇の中で光を発することは、とても目立つ行為だ。周りに悪鬼あっきの姿は見えなかったが、これではいつ襲われるか分からない。御月は先ほど二人をあやすために勢いで月煌輪を使ってしまったが、あの行動が正しかったのか、自信を持てずにいたのだ。

「大丈夫ですよ、御月さん」

そう言って彼女の肩を叩いたのは、雅輝まさきだった。

「あなたが来るまで、あの二人は本当に泣いてばかりだったんです。『暗いよー、怖いよー』って。でも、あなたが来てくれて、この光で照らしてくれて、ようやく泣き止んだんです」

「でも、またあの怪物に襲われたら……」

「それも心配いりません。私、眼はいいんです。耳もミノリさんほどではないですが、よく聞こえます。今、周りに怪物はいませんよ」

「そう。それならいいけど……」

雅輝は御月のことを案じてそう言ってくれたが、それでも簡単に不安は消えなかった。

(怪物に襲われても、今更光を消すわけにはいかないわ。そうしたら、御祈ミノリと大智は再び不安に駆られるかもしれないもの。でも、光を灯すのには集中力がいるから、光を灯しながら戦うことはできない。……私がやったことは、本当にこれでよかったの?)


 考え事をしながら歩いていた御月は足元を見ておらず、落ちていた石につまずき、転んでしまった。

「きゃっ」

御月は受け身も取らずに地面に倒れ伏し、膝をりむいてしまった。

「お姉ちゃん大丈夫⁉︎」

ミノリは真っ先に御月の所に駆け寄り、彼女を心配した。

「うぅ……痛いわ」

「お姉ちゃん、血が出てる!」

ミノリはポケットの中から一枚のハンカチを取り出し、傷口を覆った。

「ごめんお姉ちゃん、今は、これしかない。立てそう?」

「えぇ。ありがとう、御祈」

御月は、差し出されたミノリの手を取った。「えぇ」などと言ったが、本当はかなり痛かった。悪鬼と戦っていた時は、全く攻撃を受けなかったから忘れていたが、ケガをすると痛いのだ。それは当たり前のこと。それをさ再認識すると、御月はミノリの体にもあちこち傷がついていることに気がついた。

「御祈、あなたもケガしてるじゃない」

「ケガ? あぁ、ちょっと擦りむいただけだし、もう痛くないから大丈夫」

ミノリは笑った。本当は、まだ傷が痛んだのかもしれない。それでも、彼女は笑って「大丈夫」だと言った。つい先ほどまで暗闇に怯えていた少女が、今はこうして誰かを気遣い、笑いかけることができる。人によってはそれを、調子のいい奴と思うかもしれないが、御月は違った。

(きっとこれが、本来の御祈の姿なのね)

そして、もう二度とミノリを怖がらせたりしない、この笑顔のためなら何でもやってみせると、そう思った。


「⁉︎」


 その時、微かな異変に気づいたのは、地面に倒れていた御月だけだった。それ以外の人は気づかない程に小さい地面の揺れ。

「御祈! 危ない!」

御月がそう叫んだ直後、ミノリの真下の地面が裂け、土や岩が飛び散り、巨大な芋虫のような悪鬼が現れた。悪鬼はミノリの体に巻き付き、そのままミノリを地中に連れ去ろうとした。

「お姉ちゃん!」

「御祈ぃ!」


 今の御月に武器はなく、悪鬼が地中に逃げられたら追いかける手段はない。つまり、倒すなら今、この瞬間しかないのだ。村で見た多くの死体の姿が御月の脳裏をよぎる。ここで悪鬼を取り逃がせば、ミノリもあんな姿になってしまうかもしれない。そう思うととても恐ろしかった。しかし今の御月にできるこのは、月煌輪で光を灯すことのみ。それでどうやって悪鬼を倒すのか? そう考える前に、体は動いていた。


「照らせ……月煌輪!」


 すると、道を照らしていた光は全て消え、辺りが一瞬の暗闇に覆われた後に、まばゆい光の柱が現れた。幾重にも光を束ねたその柱は、正確に悪鬼の体のみを捕え、硬い甲殻こうかくごと焼き貫き消滅させた。


 ミノリは悪鬼から解放され、御月はその場に座り込んだ。しかし、その場にいた全員が、何が起こったのか理解できずにいた。わずかな沈黙の後、最初に言葉を発したのはミノリだった。

「お姉ちゃん、ありがとう。でも、今の……何?」

今のが何か。それが分からないのは御月も同じ。彼女はただ沈黙し、静かに震えていた。

「すげー……ビームだ……」

「えぇ。ビーム、または破壊光線はかいこうせん……そう表現するしかないものでした……」

大智と雅輝も、それぞれ感嘆の声を漏らす。

「分からない……」

御月は、必死に声を絞り出す。

「分からないけど、今できる攻撃……光を使う攻撃を考えていたら、学校でやった虫眼鏡で紙を燃やす実験を思い出して、それで……」

御月はそう説明したが、実際はそんなことを考えている余裕はなかった。ただ勝手に体が動き、気がついたら悪鬼が消滅していた。そのことに一番恐怖していたのは御月だった。

(何が起こっているの? 私は何をしたの? 私は今まで、化け物と戦ったことなんてなければ、喧嘩けんかさえしたこともない。頭も悪ければ、運動もできなかったはず。ついさっきだって、石につまずいて泣きそうになっていたのに……。なのに何? 今の私は、何でもできる気がする。その気になれば、人を殺すことだって……さっきの破壊光線を使えば、簡単に……)


「お姉ちゃん、すごいね」

震える御月に、ミノリは近づく。

「さっきの光、とってもキレイだった。まるで、地上にお星様が降ってきたみたい。私を助けてくれて、本当にありがとう」

そう言われて、御月ははっとした。破壊光線ではなく、妹を守るための星の光。先程の光をそう言い換えてくれたミノリを見て、御月は決意を固め、立ち上がる。


「雅輝、ここから先、街までは一本道よね?」

「えっ? えぇ、そうです」

「周りに敵は、もういないのよね?」

「そう見えますが……どうしたんですか、急に」

「私、戻ってもう一度戦うわ」

御月の言葉を聞いて、雅輝と大智、ミノリの三人は驚いた。

「何を言っているんですか? 地中に潜む敵はまだいるかもしれません! 私たちだけでは戦えません!」

「みっちゃんお願い、一緒にいて! オレ、みっちゃんがいないと怖いよ!」

「お姉ちゃん……本当に戦うの?」


「大丈夫……多分、あの化け物は、私に引き寄せられたの。私がいた方が危険よ。それに、化け物がいる限り、きっと、安全な場所なんてない。だったら私は、その原因を断ちたいの」

「お姉ちゃん……」

ミノリは心配そうに御月に近づく。それを見て、御月はミノリに笑顔を向ける。

「御祈、私が戦えるのは、あなたのおかげなの。あなたとあなたの笑顔を守りたいから、私は戦う。御祈の笑顔は、私に勇気と希望をくれた。戦う力をくれたの。あなたが笑ってくれる限り、私は負けないわ。だからね御祈、笑って」

ミノリは、一瞬驚いたような顔をして戸惑ったのち、ゆっくりと顔を伏せた。そして、勢いよく顔を上げて、御月を見た。

「……うん、分かった。お姉ちゃん! 頑張って!」

そう言うミノリの表情は、若干引きつったぎこちない笑顔だったが、御月にはそれさえ愛しく思えた。

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