第56話 だからね御祈、笑って
「大丈夫ですよ、御月さん」
そう言って彼女の肩を叩いたのは、
「あなたが来るまで、あの二人は本当に泣いてばかりだったんです。『暗いよー、怖いよー』って。でも、あなたが来てくれて、この光で照らしてくれて、ようやく泣き止んだんです」
「でも、またあの怪物に襲われたら……」
「それも心配いりません。私、眼はいいんです。耳もミノリさんほどではないですが、よく聞こえます。今、周りに怪物はいませんよ」
「そう。それならいいけど……」
雅輝は御月のことを案じてそう言ってくれたが、それでも簡単に不安は消えなかった。
(怪物に襲われても、今更光を消すわけにはいかないわ。そうしたら、
考え事をしながら歩いていた御月は足元を見ておらず、落ちていた石に
「きゃっ」
御月は受け身も取らずに地面に倒れ伏し、膝を
「お姉ちゃん大丈夫⁉︎」
ミノリは真っ先に御月の所に駆け寄り、彼女を心配した。
「うぅ……痛いわ」
「お姉ちゃん、血が出てる!」
ミノリはポケットの中から一枚のハンカチを取り出し、傷口を覆った。
「ごめんお姉ちゃん、今は、これしかない。立てそう?」
「えぇ。ありがとう、御祈」
御月は、差し出されたミノリの手を取った。「えぇ」などと言ったが、本当はかなり痛かった。悪鬼と戦っていた時は、全く攻撃を受けなかったから忘れていたが、ケガをすると痛いのだ。それは当たり前のこと。それをさ再認識すると、御月はミノリの体にもあちこち傷がついていることに気がついた。
「御祈、あなたもケガしてるじゃない」
「ケガ? あぁ、ちょっと擦りむいただけだし、もう痛くないから大丈夫」
ミノリは笑った。本当は、まだ傷が痛んだのかもしれない。それでも、彼女は笑って「大丈夫」だと言った。つい先ほどまで暗闇に怯えていた少女が、今はこうして誰かを気遣い、笑いかけることができる。人によってはそれを、調子のいい奴と思うかもしれないが、御月は違った。
(きっとこれが、本来の御祈の姿なのね)
そして、もう二度とミノリを怖がらせたりしない、この笑顔のためなら何でもやってみせると、そう思った。
「⁉︎」
その時、微かな異変に気づいたのは、地面に倒れていた御月だけだった。それ以外の人は気づかない程に小さい地面の揺れ。
「御祈! 危ない!」
御月がそう叫んだ直後、ミノリの真下の地面が裂け、土や岩が飛び散り、巨大な芋虫のような悪鬼が現れた。悪鬼はミノリの体に巻き付き、そのままミノリを地中に連れ去ろうとした。
「お姉ちゃん!」
「御祈ぃ!」
今の御月に武器はなく、悪鬼が地中に逃げられたら追いかける手段はない。つまり、倒すなら今、この瞬間しかないのだ。村で見た多くの死体の姿が御月の脳裏をよぎる。ここで悪鬼を取り逃がせば、ミノリもあんな姿になってしまうかもしれない。そう思うととても恐ろしかった。しかし今の御月にできるこのは、月煌輪で光を灯すことのみ。それでどうやって悪鬼を倒すのか? そう考える前に、体は動いていた。
「照らせ……月煌輪!」
すると、道を照らしていた光は全て消え、辺りが一瞬の暗闇に覆われた後に、
ミノリは悪鬼から解放され、御月はその場に座り込んだ。しかし、その場にいた全員が、何が起こったのか理解できずにいた。わずかな沈黙の後、最初に言葉を発したのはミノリだった。
「お姉ちゃん、ありがとう。でも、今の……何?」
今のが何か。それが分からないのは御月も同じ。彼女はただ沈黙し、静かに震えていた。
「すげー……ビームだ……」
「えぇ。ビーム、または
大智と雅輝も、それぞれ感嘆の声を漏らす。
「分からない……」
御月は、必死に声を絞り出す。
「分からないけど、今できる攻撃……光を使う攻撃を考えていたら、学校でやった虫眼鏡で紙を燃やす実験を思い出して、それで……」
御月はそう説明したが、実際はそんなことを考えている余裕はなかった。ただ勝手に体が動き、気がついたら悪鬼が消滅していた。そのことに一番恐怖していたのは御月だった。
(何が起こっているの? 私は何をしたの? 私は今まで、化け物と戦ったことなんてなければ、
「お姉ちゃん、すごいね」
震える御月に、ミノリは近づく。
「さっきの光、とってもキレイだった。まるで、地上にお星様が降ってきたみたい。私を助けてくれて、本当にありがとう」
そう言われて、御月ははっとした。破壊光線ではなく、妹を守るための星の光。先程の光をそう言い換えてくれたミノリを見て、御月は決意を固め、立ち上がる。
「雅輝、ここから先、街までは一本道よね?」
「えっ? えぇ、そうです」
「周りに敵は、もういないのよね?」
「そう見えますが……どうしたんですか、急に」
「私、戻ってもう一度戦うわ」
御月の言葉を聞いて、雅輝と大智、ミノリの三人は驚いた。
「何を言っているんですか? 地中に潜む敵はまだいるかもしれません! 私たちだけでは戦えません!」
「みっちゃんお願い、一緒にいて! オレ、みっちゃんがいないと怖いよ!」
「お姉ちゃん……本当に戦うの?」
「大丈夫……多分、あの化け物は、私に引き寄せられたの。私がいた方が危険よ。それに、化け物がいる限り、きっと、安全な場所なんてない。だったら私は、その原因を断ちたいの」
「お姉ちゃん……」
ミノリは心配そうに御月に近づく。それを見て、御月はミノリに笑顔を向ける。
「御祈、私が戦えるのは、あなたのおかげなの。あなたとあなたの笑顔を守りたいから、私は戦う。御祈の笑顔は、私に勇気と希望をくれた。戦う力をくれたの。あなたが笑ってくれる限り、私は負けないわ。だからね御祈、笑って」
ミノリは、一瞬驚いたような顔をして戸惑ったのち、ゆっくりと顔を伏せた。そして、勢いよく顔を上げて、御月を見た。
「……うん、分かった。お姉ちゃん! 頑張って!」
そう言うミノリの表情は、若干引きつったぎこちない笑顔だったが、御月にはそれさえ愛しく思えた。
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