第53話 竜

 御月みつきは暗闇の村の中を駆け抜けた。彼女が進むにつれて、襲いかかる悪鬼あっきはどんどん強くなる。最初は鎌を持った虫型の悪鬼ばかりだったが、次は爪や牙を持つ獣型になり、遂には知性や特殊な能力を持った人型の悪鬼まで現れた。しかし、御月は一瞬たりともひるむことなく、出会った悪鬼を全てぎ倒した。激しい戦闘で、手にした鉄パイプはすでにひしゃげている。しかし、御月にとってそれは大した問題ではない。彼女にとって、武器など何でもよかったのだ。鉄パイプでも、角材でも、木の枝だって構わない。妹を守れるために使えるなら、どんな武器でも彼女は使いこなしてみせた。

 やがて御月は、多くの悪鬼を倒す中で、あることに気がついた。悪鬼は必ず、特定の方角から現れるのだ。そして、悪鬼が来る方向へと向かえばこの騒動の原因に関わる何かがあると思った御月は、急いでそちらに駆け出した。


 たどり着いたのは、村で最も大きな建物である学校。その校庭の中心には、黒く塗りつぶされた景色とは対照的に、不気味なほどに白い衣服を身にまとった少年がいた。少年の足元からは黒い炎が立ち上り、その炎は空一面を覆い尽くしている。

「あなたが、あの化け物を生み出しているの?」

御月がそう問いかけると、少年は振り向いた。少年の顔はフードで隠れていたが、わずかに見えたニヤついた口元だけでも、御月に嫌悪感を与えるのには十分だった。

「キミ、あの大群を抜けて来たのカイ? 一人デ? そのちっぽけな棒でカイ?」

癪に障る声だ。人を小馬鹿にするような、見下すような、そんな邪悪な意思が垣間見える。それに、こちらの質問に答えていない。そんな態度が気に食わなかった。

「質問に答えて。あの化け物を生み出しているのは、あなたなの?」

御月の質問を受けて、少年は少し不満そうに答える

「あァ。その通りサ」

「何がしたいの! 何が目的なの!」

御月は手にした棒を少年に向け、声を荒げる。

サ」

「他にもやり方があったでしょ?」

「情報不足でネ、手当たり次第にいくしかないのサ」

「私たちの村をめちゃくちゃにする必要があるの⁉︎」

「ボクにとってはそうだケド……って、もういいカイ? キャンキャン吠えるガキは面倒だネェ……」

少年はため息混じりで答える。

「キミは凄いケド、ボクの探している人とは違うみたいだから興味ないんダ。邪魔だから死ねヨ」

少年がそう言うと、御月の周囲を取り囲むように大量の虫型の悪鬼が現れた。巨大な鎌、鋭い爪、無数の手足など、四方をおびただしい数の刃に囲まれ、その全てが御月に向けられている。そして、それらは御月の肉を跡形もなく無惨に引き裂こうと、一斉に襲いかかった。

「あーア、この場所から強い心を感じたケド、違ったカァ。……まァいいカ。また、別の場所に……」


ドオオオオオオオオオンンン!


 少年が言い終わるより先に、爆風ばくふうと共に轟音ごうおんが響き渡る。見ると、大量にいた悪鬼は全て消滅し、そこには無傷の御月が立っていた。彼女の手には虫型悪鬼の巨大な鎌が握られており、その表情には一切の迷いも恐怖もなく、鋭い目は真っ直ぐに少年をにらみつけている。

「あなたが私に興味がなくても、私はあなたに用があるの。村を壊したあなたを、私は許さない!」


「……ヘェ」

少年は更に不気味な笑いを浮かべた。しかし、そこには先ほどのような見下した態度は見られない。

「キミいいネ。すごくイイ。とてつもない心の強さを感じるヨ」

そう言って、少年はゆっくりと御月に近づく。

「キミは妙な命の形をしているネ。そうカ、のカ……へェ、すごいじゃないカ!!」

少年は左手を高く掲げる。

「探している人とは違ったケド、気が変わっタ。キミの心を食らったラ……一体どれだけの力が手に入るのかナァ!」

少年は掲げた左手を振り下ろすと、地面一帯に黒い炎が燃え広がった。しかし、それは攻撃のための炎でない。これは召喚のための炎、悪鬼たちを呼び出すための陣なのだ。

「キミを倒すには、半端な力じゃ無理ダ。だから特別サ。ボクの分身の中でも更に強力なこいつらで相手してあげるヨ!」

炎の陣から飛び出したのはいびつな影。それは次第に不気味な肉塊となり、波打ちながら形を成した。やがて肉塊は硬い金属のような鱗となり、ついには鋭い爪と牙を作り出した。そして、完全に形を成したそれは、空を覆い隠さんばかりの翼を広げた、黒い竜になった。


「あはははハ! さァ、足掻いて足掻いて、キミの心の力の高まりを見せてくれヨ!」

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