第52話 おねえちゃんなんだもん

 十年前、御月みつきたちは小さな村に住んでいた。当時の御月はまだ小学二年生。妹のミノリはまだ小学校にも通っていなかった。二人が住んでいた村には、本当に何もなく、学校の他に大きな建物もなければ、山も森もなく、ただただ見渡す限りの田んぼや畑が広がるのどかな土地だった。

 御月たち姉妹は、近所に住んでいた雅輝まさき大智だいちと一緒によく遊んでいた。しかし、追いかけっこをしても、かくれんぼをしても、いつも負けるのは御月だった。遊びだけではない、勉強をしても、歌を歌っても、絵を描いても、何をやってもうまくいかなかった。それに対して他の三人は優秀で、ミノリは幼い頃から歌が上手く、雅輝はとても頭がよく、大智は物作りが大好きだった。それでも、御月は四人で一緒にいることを嫌にはならなかった。それは、妹のミノリがいたからだ。ミノリはいつも、何もできない自分を支えてくれたからだ。御月が周りと比べて、劣等感を抱えそうになった時も、ミノリは言ってくれた。

「だいじょうぶ。おねえちゃんは、おねえちゃんなんだもん」

子どもらしい、拙い言葉であったが、御月にはそれがとても嬉しかった。何よりも、自分は自分だと言ってもらえたことに、救われたような気持ちがした。何もできなくとも、自分は自分なのだと、自信を持つことができたのだ。


 そんなある日、事件が起こる。

 六月二十一日。梅雨の晴れ間に恵まれた夏至げしの日のこと。その日、御月たち四人はお泊まり会を企画しており、みんな同じ家に集まっていた。みんなで一緒に宿題をしたり、外で遊んだりして、夕方になって戻ってきても、まだ空は明るかった。四人はこれからの夜の予定を話し合い、楽しく笑い合っていた。そんな中、家に帰ってから最初に異変に気づいたのは雅輝だった。

「あれ? もう外が暗いですね」

見ると、さっきまで明るかった外が真っ暗になっていたのだ。

「今日の日没は十九時……まだ二時間も先のはずなのですが」

御月には、雅輝が何のことを言っているのか分からなかったが、雅輝の言うことなのだからそうなんだろうと、なんとなく思った。

「ちょっと外を見てきますね」

そう言って、雅輝は部屋を出て行こうとしたが、ミノリがそれを止めた。

「まって! なにか……へんなおと、きこえない?」

そう言われて、御月たち四人は耳を澄ます。


 ズシン……ズシン……

 かすかに聞こえる奇妙な音。

 

 ズシン……ズシン……ズルズル……バキッ


 何か大きな物の足音と、何かを引きずるような音、そして、何かが折れるような音が、遠くから聞こえてきた。そして、それはどんどん近づいて来る。もうその音は、耳を澄まさずとも聞こえてくる。次第に四人は恐怖でガタガタと震え出す。

 ズシン……ズシン……

 そして、その音は、四人がいる部屋の隣で止まった。

「みんな! ふせて!」

ミノリがそう叫んだ次の瞬間、部屋の屋根は吹き飛んでいた。何が起こったのか、その場にいた全ての人間が理解できなかった。


 たった一人。御月を除いて。


 御月はその目で確かに捉えていた。屋根を吹き飛ばし、自分たちを襲った黒い虫型の怪物、悪鬼あっきの姿を。

 こいつは、私達の敵だ。

 御月は、瞬時にそう理解した。理屈ではなく、本能で、感覚で、直感的に理解した。今ここでこいつを倒さなければ、自分も、自分の一番大切な妹も殺されてしまう。その考えに自分が気づいた頃には、御月は飛び散る瓦礫の中から的確に鉄パイプを掴み取り、真っ直ぐ悪鬼に向かって走り出していた。御月は瓦礫の嵐を潜り抜け、かすり傷一つ付かないまま悪鬼の懐にたどり着く。そうして、腕を思い切り振りかぶり、鉄パイプで殴りつけた。攻撃を受けた悪鬼は吹き飛ぶより先に砕け散り、粉々になって消えていった。

 周りを見ると、空は黒い炎に覆われており、辺りには他にも多くの悪鬼がいた。

「雅輝……御祈ミノリを頼んだわよ」

そう言って、御月は走り出した。

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