第51話 夜長の夏至

「会えてうれしいわ、御祈ミノリ、そして真一くん。ここまで来るのに色々大変だったでしょ?」

そう言って、御月みつきはベッドから立ち上がった。

「ふふっ。ここすごいのよ、病室だけど何でもあるの。待ってて、今飲み物を……あっ」

そう言って歩き出した御月は、何もないところでバランスを崩し、転びかけた。

「お姉ちゃん!」

倒れそうになる御月を見て、ミノリは真一の隣を飛び出した。そして、滑り込むように倒れる御月の下に入り、彼女の体を受け止めた。

「お姉ちゃん! 大丈夫⁉︎」

「えぇ、私は大丈夫よ。御祈こそ、怪我してない?」

「私のことはいいの! お姉ちゃんは無理しないで! そこで座ってて。飲み物くらい自分で何とかできるし」

「ごめんなさいね……お願いしていいかしら?」

ミノリは小さく頷くと、御月をベッドへと戻した。そして真一の方をチラリと見ると、悲しそうに頬笑んだ。

「真一は座ってても大丈夫だよ。飲み物は私がやるから」

そう言って、ミノリは冷蔵庫の方へと向かって行った。


 真一は、ミノリに言われるがままに、ベッドの隣にあった椅子に座った。しかし、頭の中は驚愕でいっぱいだった。

 今目の前にいる女性はSOLAソラの隊長。いかなる能力を持っているかは定かではないが、歴代最強の魔力を持ち、なおかつS級の中でも最高のサポーターであるミノリの実の姉。きっと、現役時代はミノリ以上に優秀な戦士であったに違いない。しかし今はどうだろうか。大きな病院の中でも更に特別な病室に入院させられ、何もない所で転ぶほどに体が弱りきっている。その姿が、悪鬼との戦闘の激しさを物語っているようで、とても恐ろしかった。

「はい、真一。お茶」

戻って来たミノリは、お盆の上に麦茶の入ったコップを三つ用意していた。その内一つを真一に手渡し、残りの二つをベッドの近くの机に置いて、自分もその近くの椅子に座った。

「お姉ちゃんのは、ここに置くね」

どうして御月に直接渡さないのかと真一は疑問に思ったが、その理由はすぐに分かった。机に置かれたコップは真一に渡された物とは違い、底には倒れないように器具が取り付けられており、なおかつストローまで刺さっていた。

(まさか……コップもまともに持てない程に衰えているのか?)

見ると、御月は両手でしっかりとコップを掴み、ストローを咥え、そこから茶を飲んでいた。

「ふぅ……やっぱり美味しいわね、このお茶」

御月は真一の心配など知る訳もなく、優雅に茶を飲んでいる。そうして、思いついたようにミノリたちの方を向いて頬笑みかける。

「そうだ、この前雅輝まさきが持って来てくれたお菓子がまだ残っているのだけど、よかったら一緒に食べない? あれ、とっても美味しいのよ」

返事に困った真一だが、そんな彼よりも先にミノリが質問に答えた。

「ありがとう、お姉ちゃん。でも、私たちはここに遊びに来た訳じゃないの」

そう言うミノリの顔は、真剣そのものだった。常に笑顔を絶やさないミノリの見せたその顔は、一種の凄みさえ感じさせる、そんな迫力があった。御月もそれを感じたのか、少し目を見開いた後に、悲しそうに笑う。

「そうね。私も総天祭そうてんさい予選の様子はここから見ていたの。だから、あなたたちが何を聞きたいかくらい、予想できるわ」

「じゃぁお姉ちゃん、単刀直入に聞くね。お姉ちゃんは、七志ナナシジンについて何か知ってる?」

「えぇ、知っているわ」

ミノリと真一に衝撃が走る。自分たち二人と大空おおぞら以外に初めて七志を知る人に巡り会えたのだ。聞きたいことは山程ある。今まで空気を読んで黙っていた真一も、我慢できずに口を開く。

「教えてくれ隊長! あいつは何者なんだ? 何が目的だ? どうしてみんなあいつを覚えていないんだ? 弱点は? どうやったら倒せるんだ?」

まるで機関銃のように早口で質問をぶつける真一に、御月は困ったような笑顔を向ける。

「ごめんなさいね。私も、彼の全てを知っているわけではないの」

「そんな……」

「でも、私の知っていることは全部話すつもりよ。他でもない、御祈の頼みだもの。だから、そんなに悲しそうな顔しないで?」

そう言われて、真一は自分の気持ちが顔に出ていたことを恥ずかしく思った。

「じゃぁ、私が七志に会った時のことから話しましょうか」

御月は相変わらず落ち着いた口調で話を続ける。

「私が彼に出会ったのは、十年前のあの日」

十年前と聞いて、ミノリはハッとする。

「待ってお姉ちゃん。十年前って言ったら……私たちが」

「そうね。私たち姉妹と、雅輝と大智だいちが一緒に住んでいた村が悪鬼あっきに襲われた日。そして、世界に初めて悪鬼が現れた日。あの闇よりも暗い夜のこと……『夜長よなが夏至げし』のことよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る