第50話 天川御月

 大空おおぞら隊長に会いにいく。そう言って、スタスタと歩いていってしまう真一を、ミノリは引き止めた。

「待って真一! 会いにいくって言っても、大空さんがどこにいるのか知ってるの?」

ミノリの問いかけに、真一は振り向くこともなく答える。

「知らない。だから聞きにいく」

いまだに歩みを止めない真一を見て、ミノリは立ち上がり、急いで彼に追いつく。

「聞きにいくって、誰に?」

鉄也てつやさんか晶子あきこさんなら知っている可能性が高い。知らなくても、何か手がかりがつかめるはずだ」

真一はそのまま早足でどんどんと進んでいく。そんな彼にしびれを切らしたミノリは走って彼の前に立ち、行く手を塞いだ。

「真一、お願いだから話を聞いて!」

「どうして止めるんだ! 大空隊長なら何か知っている! これは間違い無いんだ!」

「それは分かってる。でも……」

「でも何なんだ!」

ミノリは真剣な目で真一を見つめ、声を低めてゆっくりと口を開く。


「私が、大空さんを探さなかったと思う?」

「……何だって?」

「私、みんなが七志ナナシのことを忘れていることに気がついて、真っ先に大空さんを探したの。あの人なら、何か知っていると思ったから。でも……」

「見つからなかったのか?」

「うん、鉄也さんも晶子さんも『いつの間にかいなくなってた』って言ってた」

「はぁ? こんなときに行方不明だと? 本当に何やってるんだ⁉︎」

「よくあることなの。大空さんはたまにSOLAソラに戻ってきては、大きな問題を解決して、またどこかにいっちゃう」

「問題は何も解決していない! 山積みのままじゃないか?」

「そう見えるかもね。でも、大空さんがいないってことは、これは私たちでも解決できるってことじゃないかな?」

「……晶子さんとかが怒りそうな性格してるな、あの隊長」

「ははは、実際怒ってたよ。『またあの人は無責任に!』って」

「……」

「……」


 二人の間に、少しの沈黙が流れた。

 真一は半ば諦めていた。何も分からない中、唯一頼れると思っていた存在も、今は行方不明。ただただ増えていく謎の中に、訳も分からないまま取り残され、もうどうしていいのか分からなくなっていた。

「でも……」

そんな沈黙を破ったのは、ミノリのつぶやきだった。

「隊長に会って話を聞くっていうのは、いいアイディアかもしれない」

「はぁ?」

真一は不満たっぷりにミノリをにらみつけた。

「大空隊長はいないんだろう? それが無理だからこうして何もできずにいるんじゃないか」

「うん、大空さんには会えない」

「じゃぁ……」

「真一。大空さんは、であって、よ?」

「……⁉︎」

 そうだった。 

 真一は思った。

 今まで真一は、何となく大空隊長と呼び続けていたが、彼は元隊長であって、今の隊長ではない。それは本人も言っていたことだ。つまり、彼とは別に、今の隊長が存在しているということになる。

「今の隊長になら……会えるのか?」

真一は、SOLAに入隊したての頃に鉄也に言われた言葉を思い出していた。今の隊長は、歴代一位の魔力量を持つ『天才』で、簡単に会える相手ではない。それに会えるかもしれない。真一の胸に、小さな期待が膨らんだ。

「会えるよ……私と、一緒ならね」

そう言うミノリは笑顔だったが、どこか悲しそうな目をしていた。


 数十分後。


 真一とミノリは、螺生門らしょうもんでの移動を数回繰り返した場所にあるSOLAが経営する大病院に来ていた。ミノリが受付で何やら書類を書くと、しばらく経って、二人は専用のエレベーターに案内された。途中、案内人は真一を見て、ミノリに「そちらの方は?」と尋ねていた。彼女はそれに対して「私の新しい仲間だよ」と答えた。その「仲間」という言葉に、真一はうれしさと、気恥ずかしさを感じた。しかし案内人は「ですが、ここから先はS級以上の隊員しか……」と言いかけるも、ミノリは「大丈夫、何かあったら、私が責任を取るから」と答えて押し切った。そうして二人は、最上階へと向かうエレベーターに乗った。


「……大丈夫なのか? 僕が一緒で」

エレベーターの中で、真一は流石さすがに不安になり、ミノリに問いかける。

「どうして?」

「どうしてって、さっきの人、すごく睨んでたぞ?」

「真一は、ここで何か悪さをするつもりなの?」

「そんなことはないけど……」

「だったら大丈夫。さ、もうすぐ着くよ」


 ベルの音と共に、エレベーターのドアが開く。そこから長く白い廊下を渡り、その先の病室にたどり着いた。

 入り口の厳重に閉ざされた扉を、ミノリは指紋認証で開け、中に入る。


 病室の中はとても広く、まるでホテルの一室のようだった。白い壁に、高級感のある木のタイルを敷き詰めた床。優しい光の照明が室内を柔らかく照らし、壁には絵画が飾られ、ソファや机、大きなテレビまである。しかし、そこに置かれているベッドは明らかに病院のそれで、ここが間違いなく病室であることを示していた。そしてそこにいる人物を見て、真一は絶句した。


 そこには、若い女性がいたのだ。彼女こそ、SOLAの現隊長で、歴代で最高の魔力の持ち主。真一は、今まで出会ったことのある隊長が、大空という四十代の男性であったことから、今から会う人物も大空ほどではないにしろ、かなり年上の男性であると思っていた。しかし、今目の前にいる女性は、思わず見惚れてしまうほどの魅力的な、芸術作品のように美しい女性だった。

 真一たちが入ってきたことに気がついた彼女は、振り返ると共にその優しい眼差しで柔らかく頬笑んだ。そのとき、彼女の長く滑らかな髪がさらりと流れ、ふわりと彼女の肩にかかる。


「いらっしゃい、御祈ミノリ

彼女はそう言ってミノリを見た。そして、その奥にいる真一を一瞥いちべつした。

「御祈……その人が?」

「うん、お姉ちゃんに会わせたかった人だよ」

「そう」

女性はベッドに腰をかけたまま真一の方を向き、軽く会釈をした。

「初めまして、真一くん。私はSOLAの現隊長で、御祈の姉の、天川あまかわ御月みつきよ」

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