第49話 七志の顔
真一は色々な感情が込み上げて来て、今にも泣き出しそうだった。
「よかった、ミノリ。君に会えて、本当によかった」
真一はそう言って、ミノリの肩を
「ちょ、ちょっと真一! 落ち着いて!」
慌てるミノリだが、真一はそれどころではないらしく、彼女の声が耳に入って来ない。
「僕、また
「分かった! 分かったから落ち着いて!」
真一の突然の行動に、ミノリは困惑し、周りもそれを見てざわめき立つ。このままではまずいと判断したミノリは、真一の手を掴み、そのまま走って医務室を出ていった。
数分後、真一は基地の最上階にある展望室に来ていた。そこに用意されたいくつものテーブル席の一つに、彼は座っていた。
「少しは落ち着いた? 真一」
そう言って、ミノリは真一にオレンジジュースを差し出す。
「あぁ、ごめん。あのときは、気が動転してて……」
真一は泣き腫らした目をして、少し鼻をすすりながら、それを受け取った。
「もう、本当だよ。いきなり肩を掴まれて、びっくりしちゃった」
ミノリは少し困った顔でそう言って、彼の前に座る。
「でも、うれしかった。七志のことを覚えている人が、私以外にもいてくれて」
ミノリは、今度は明るく微笑みながら、真一にそう言った。真一はそれを見て、少しだけ心がさわつくのを感じた。すると、急に喉が渇いてきたので、先ほど差し出されたオレンジジュースを飲みその冷たさで火照りを鎮めた。そうして、真一はもう一度ミノリに向き直り、今度こそ集中して会話を始めた。
「僕も同じさ。あれが夢じゃない、僕の妄想じゃないって、やっと思えたから」
「そうだね。でも、どうしてみんな忘れちゃったんだろう?」
「分からない。七志が何かしたとしか考えられないけど」
「うん。多分そうだろうね。だとしたら、どうして私たちだけ覚えているんだろう?」
「それも分からない。だからまずは、今持ってる情報を整理しよう」
分からないことをあれこれ話していても、それはただの妄想にしかならない。それならば、数少ない分かっていることを元に推察することの方がよっぽど価値がある。真一はそう考えたのだ。それはミノリも同じだったらしく、真一の言葉を聞いて、すぐにノートとペンを取り出した。
こうして二人は、自分たちが持っている情報を共有していった。
誰に話を聞いたか、聞いた内容は何か、七志の記憶をなくした人の共通点、記憶を無くさなかった自分たちの共通点、その他様々なことを話し合い、ミノリのノートに記録した。そして、白いノートのページはすぐに文字で埋め尽くされていった。しかし、情報の共有と言っても、実際は真一が持っている情報はあまりに少なく、そのほとんどがミノリから真一に提供される情報ばかりであった。真一が話を聞いた隊員は、
「今の所、分かってることはこれくらいかな?」
「ありがとう。ミノリはすごいな。こんなに多くの情報を、一人で集めたのか?」
「うん。とは言っても、私はほとんど
ミノリはそう言っていたが、彼女の情報収集能力は明らかに凄まじいものがあった。少なくとも真一には、いくら時間があったとしても、これだけの情報を聞き出すことはできないだろう。
「これがいわゆる、コミュ力の差か……」
真一は思わず
「ん? 何か言った?」
「いや! 何も!」
「そう? でも、私は調べるだけ調べたけど、何も分からなかったの。真一はどう? この情報を見て、何か分かる?」
「うーん、そうだなぁ……」
真一は、彼女のノートを手に取り、隅々まで詳しく見た。
「記憶をなくした人の年齢も性別も、戦闘に参加したかどうかもバラバラ。となると、僕たちとこの人たちの違いは、最後までシミュレーター内に残っていたかどうか、しかないかなぁ?」
「うん、私もそう思う」
「それと、この鉄也さんと晶子さんに聞いた話、これが少し気になる」
「この『昨日の夜、何か調べてたから寝不足だけど、何を調べていたか覚えていない』ってこと?」
「あぁ。きっと二人は、七志について調べていたんだと思う。でも、その記憶がなくなってしまったんじゃないかな?」
「それだと、この言葉が説明できるね」
「そして、ミノリは残っていた映像データも調べたんだよね? それはどうたった?」
「鉄也さんたちに話を聞いた時、もう一度映像を見れば思い出すんじゃないかと思って見てみたけど、残された総天祭予選の時の映像データも七志が戦い始めてからはデータが破損していて、見られなくなっていたの」
「七志は、最初はずっと僕の近くにいたはずだ。その時の映像はどうなっていた?」
「それっぽい人は映ってたよ。でも、顔にモヤがかかっていて、よく見えなかったな」
「七志の……顔?」
顔という言葉に引っかかりを覚えた真一は、七志の言動と行動を思い出してみた。
(あいつに初めて会った時、あいつは自分の顔を見られることを嫌がっていた。それに、戦闘が始まってからも自らの視界を
「ミノリ……あいつの顔、覚えているか?」
「七志の顔? うん覚えてるよ。白い髪に、金の瞳の、少年みたいな顔だったけど」
「あいつの顔を見たのは、僕たちだけだ」
「……まさか、顔を見たから記憶が残ったの?」
「分からない、だから確かめに行かないと」
真一はそう言って、オレンジジュースを飲み干し、コップを持って席を立った。ミノリはそれに驚いて、彼の後を追いかける。
「確かめるって、どうやって?」
「思い出したんだ。七志のことを覚えている人が、僕たち以外に一人いることを」
「誰のこと? 話を聞いた人はだれも覚えてなかったよ?」
「話を聞いた人は、な。でも確実に一人覚えている人がいる。正確には、以前から七志を知っていた人が、一人だけいるんだ」
「以前から知っていた人……まさか!」
「あぁ……
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