夜長の夏至
第46話 何度言っても
「よう、お疲れ様。大変だったな」
そう言って休憩室に入って来たのは
「何ですか? これ」
「ココアだ。お前、好きだったろ?」
晶子は、差し出されたカップを手に取った。すると、ココアの甘い香りが湯気と共に優しく香ってきた。
「へぇ、意外と気がきくんですね」
ふふっ、と、晶子は笑みを浮かべる。
「さっ、それ飲んだら休めよ。明日も仕事はあるんだ、休まねーと体が保たねーぞ?」
「……そうですね」
鉄也の問いに対して、晶子は言葉を濁した返事をし、カップに口を付ける。
「ふぅ、やっぱり美味しいです。あなた、こういうのだけは得意ですね」
「まぁ、何度も作ってるからな」
晶子はこくこくとココアを飲み、鉄也はその隣でただ何もせず座っていた。そうして、晶子はココアを半分まで飲んだあたりで、深くため息をついた。
「どうした? 検査で、何か気になることでもあったのか?」
「えぇ、少しだけ……」
「何が気になったんだ?」
「……真一くんとミノリさんの怪我のことです」
晶子はカップを置き、検査のことについて話し始めた。
総天祭予選において、真一とミノリは、最も被害を受けた二人だ。予選に紛れ込んだ本物の悪鬼、
「あの二人、ほとんど傷がなかったんです」
「なんだって?」
「えぇ、各種検査も行いましたが、全く異常なしでした」
「そんな! ありえない! あの七志とかいう悪鬼の戦闘データは俺も集めたが、あいつは異常だ。観測された悪鬼の中でも最上位の戦闘力を持つ化け物だぞ? 大空さんがいなければ全滅もあり得るレベルだ。特にあの黒い炎はシミュレーターを通り越して現実にもダメージを与える超高密度の魔力を持っている。それを直接受けたはずの二人が……無傷?」
「私も信じられませんが、事実です」
「……お前が言うなら、そうなんだろうな」
「はい、それに、真一くんは初めて検査した時にも……」
「それ以上はやめておけ」
突然、二人の間に現れ、いつの間にかソファ座っていたのは、何食わぬ顔をした
「うわぁ! 大空さん。びっくりしたぁ……」
「ちょっとあなた! 突然以外の現れ方はできないんですか⁉︎」
「すまない。お前たちに気づいてもらえなかったので、こんな手段を取ってしまった。本当は鉄也が来た後、すぐにここに来たのだが」
「えっ? そんなときから? 全然気づきませんでした……」
「そんなことより! 『やめておけ』とはどういうことですか? 大空さん!」
晶子は怒り混じりの声で大空に問いかける。
「……七志のこと、そしてそれに関連した真一のことを、これ以上調べても意味はないと言っているんだ」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「……」
大空は、口を開き何か言おうとしたが、すぐにやめてしまった。
「説明したところで……本当に意味がないんだ。だからせめて、今日は休んで欲しい」
「またあなたはそうやって大切なことは何も説明してくれない! ……もういいです、行きましょう鉄也」
「お、おい!」
スタスタと歩いて出ていってしまう晶子と、それを見て困りながらも大空に一礼してから後を追う鉄也。
大空は、その光景をただ黙って見送った。
「何度言っても、お前たちはそうするんだな」
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