夜長の夏至

第46話 何度言っても

 総天祭そうてんさいで負傷した隊員の手当てを終えた晶子あきこは、休憩室のソファに座って休んでいた。休憩室の中はとても広いが、今そこにいるのは晶子一人だけ。大規模な医療行為を指揮する立場にある彼女は、ほとんど休む暇もなく働き続け、深夜に差し掛かった今、ようやく休憩が取れた。

「よう、お疲れ様。大変だったな」

そう言って休憩室に入って来たのは鉄也てつやだった。彼は、手にしたカップを晶子の前の机に置いた。

「何ですか? これ」

「ココアだ。お前、好きだったろ?」

晶子は、差し出されたカップを手に取った。すると、ココアの甘い香りが湯気と共に優しく香ってきた。

「へぇ、意外と気がきくんですね」

ふふっ、と、晶子は笑みを浮かべる。

「さっ、それ飲んだら休めよ。明日も仕事はあるんだ、休まねーと体が保たねーぞ?」

「……そうですね」

鉄也の問いに対して、晶子は言葉を濁した返事をし、カップに口を付ける。

「ふぅ、やっぱり美味しいです。あなた、こういうのだけは得意ですね」

「まぁ、何度も作ってるからな」

晶子はこくこくとココアを飲み、鉄也はその隣でただ何もせず座っていた。そうして、晶子はココアを半分まで飲んだあたりで、深くため息をついた。

「どうした? 検査で、何か気になることでもあったのか?」

「えぇ、少しだけ……」

「何が気になったんだ?」

「……です」

晶子はカップを置き、検査のことについて話し始めた。


 総天祭予選において、真一とミノリは、最も被害を受けた二人だ。予選に紛れ込んだ本物の悪鬼、七志ナナシジンと直接対決した二人が受けたダメージは、他の隊員の比ではない……はずだった。

「あの二人、ほとんど傷がなかったんです」

「なんだって?」

「えぇ、各種検査も行いましたが、全く異常なしでした」

「そんな! ありえない! あの七志とかいう悪鬼の戦闘データは俺も集めたが、あいつは異常だ。観測された悪鬼の中でも最上位の戦闘力を持つ化け物だぞ? 大空さんがいなければ全滅もあり得るレベルだ。特にあの黒い炎はシミュレーターを通り越して現実にもダメージを与える超高密度の魔力を持っている。それを直接受けたはずの二人が……無傷?」

「私も信じられませんが、事実です」

「……お前が言うなら、そうなんだろうな」

「はい、それに、真一くんは初めて検査した時にも……」


「それ以上はやめておけ」


 突然、二人の間に現れ、いつの間にかソファ座っていたのは、何食わぬ顔をした大空おおぞらであった。

「うわぁ! 大空さん。びっくりしたぁ……」

「ちょっとあなた! 突然以外の現れ方はできないんですか⁉︎」

「すまない。お前たちに気づいてもらえなかったので、こんな手段を取ってしまった。本当は鉄也が来た後、すぐにここに来たのだが」

「えっ? そんなときから? 全然気づきませんでした……」

「そんなことより! 『やめておけ』とはどういうことですか? 大空さん!」

晶子は怒り混じりの声で大空に問いかける。

「……七志のこと、そしてそれに関連した真一のことを、これ以上調べても意味はないと言っているんだ」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「……」

大空は、口を開き何か言おうとしたが、すぐにやめてしまった。

「説明したところで……本当に意味がないんだ。だからせめて、今日は休んで欲しい」

「またあなたはそうやって大切なことは何も説明してくれない! ……もういいです、行きましょう鉄也」

「お、おい!」

スタスタと歩いて出ていってしまう晶子と、それを見て困りながらも大空に一礼してから後を追う鉄也。

 大空は、その光景をただ黙って見送った。


、お前たちはそうするんだな」

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