第45話 彼女の願いは、もうすでに叶っている

 真一は、暗い部屋の中で目を覚ました。

 周りを見ると、そこはシミュレーターの中だと分かった。真一はその中にある機械のイスに深く腰をかけている。

「現実に、戻って来たのか……」

力なくつぶやいたその小さな声は、せまいシミュレーター内にかすかに響く。


 静かな場所では、耳をすまさなくても、様々な音が聞こえてくる。体を起こそうとして服が擦れる音。髪が背もたれに当たる音。自分の呼吸の音。そんな小さな音でさえ、耳障りなほどに大きく聞こえる。それは同時に、部屋の中に真一以外誰もいないことを示していた。

 現実に戻れば、僕はまたひとり……か。

 真一は、起こそうとした体を再び背もたれに預け、深くため息をいた。


 体が重い。全身の至る所が痛い。そのくせ、やたらと眠い。このまま眠ってしまえば、いつか誰かが助けに来るだろうか。でも、きっと外も大変だろうから、気づくのが遅れるかもしれない。そうなったら、僕は無事でいられるだろうか。暗くてよく見えないが、こんなに体が痛いのだから、血が出ているかもしれない。もしそうなら、出血多量で死ぬこともあるのかな。でも、もう全身が痛すぎて、立ち上がる気もいてこない。もう疲れた、頭もぼーっとする。そしてやっぱり、とても眠い。


 そうして、真一は力なくまぶたを閉じ、深い眠りについた。


「……チ」


眠る真一の耳に、小さな音が飛び込んだ。

「シ……チ。……イチ」

それは声だった。

 また、あの白い空間での変な声か。

 真一は反射的にそう思った。

「真一……! 真一……!」

 違う。これは、あの声とは違うものだ。

 そう気づいた真一は目を開けた。そして、その声がシミュレーターの外から聞こえていることに気がついた。

 誰かが僕を呼んでいる。こんなに心配そうに、誰かが。

 真一は、重い体をイスから引きがすようにして立ち上がり、シミュレーターの扉を開けた。


「うっ!」

外のあまりのまぶしさに、真一は手で目を覆った。そして、同時に大きな歓声が聞こえた。

 前を見ると、そこには大勢の隊員たちがおり、その全員が真一の帰還を祝うように、様々な言葉をかけてくれていた。その声はまさに万雷ばんらい喝采かっさい。それは真一が今まで聞いたどの音よりも大きく、そして圧倒されるほどのエネルギーに満ちたものだった。


 真一の帰りを最前列で待っていたのは、鋼太こうた彩華あやか雅輝まさき大智だいちの四人だった。

「真一、あまり心配をかけるなよ」

「よかったー! しんちゃん元気そうで!」

「帰ってこないかと思って心配しましたよ、真一くん」

「最後まで戦うなんてカッコよすぎるぞ! 真一にいちゃん!」

四人とも、とてもうれしそうな笑顔を真一に向け、真一の帰還を心より祝福していた。

 しかし、目の前にいる多くの隊員たちの中に、の姿は見当たらなかった。


「お帰りなさい、真一」

すぐ隣から聞こえた声に真一は振り返る。見ると、そこにはミノリの姿があった。

 彼女は膝に手を付き、はぁはぁと肩で呼吸をし、額には汗をにじませていた。その服は所々乱れており、表情は笑顔だが、頬も少し紅潮している。

「私が戻って来ても、真一がまだ戻ってないみたいだから、心配して走って来ちゃった」

彼女の言葉が真実であることは、彼女の様子からも明らかだった。心配して走って来たミノリは、シミュレーターの外から真一を呼び続けたのだろう。みんなが自分を笑顔で迎えてくれたことと、ミノリが自分のことを心配してくれたことが真一にはとてもうれしかった。


 しかし、真一は少しだけ不安に思っていた。

(僕は本当に、みんなの仲間になれたのだろうか?)

たった一回の戦いを共にしただけで、自分にはまだ積み重ねた時間がない。そう思うと、みんなの笑顔も、優しさも、どこか素直に受け入れられなかった。


総天祭そうてんさい予選突破おめでとう! 真一!」

「……え?」

唐突にミノリから思考の外からの発言をされたため、真一は気の抜けた返事をしてしまった。

「えっ? 予選……? えっ?」

「気づいてる? 真一はあの戦いの中で、最後まで残ってた隊員の内の一人なんだよ」

真一は、それを聞いてハッとした。

七志ナナシとの戦闘で頭がいっぱいになっていたけど、僕はそもそも、自分の力を示したくて総天祭に参加したんだ。そして、僕の実力が認められて、予選を突破できた……)


 真一は、もう一度目の前の景色を見渡した。


 そこには、自分の予選突破を祝福してくれているかのように多くの隊員たちが笑顔を向けてくれていた。そう思うと、先ほどまであんなにも受け入れ難かった笑顔を、不思議とすんなり受け入れることができた


「そうか、僕は、やったのか……」

「そうだよ。真一が、みんなとつかんだ勝利だよ」

。その言葉は、まるで心に染み込むように、ゆっくりと真一の心に溶けて広がっていった。そしてそれは、真一の全身を今まで感じたことがないほどの幸福感と、高揚感で満たした。


「そうか、やった。やったぞ……! やったー!」


 真一は、満面の笑みで両手を上げ、勝利を喜んだ。

 隣にいるミノリはそれを見て、静かに頬笑ほほえみ、拍手を送る。

もう、彼女の言ったお願いの二つ目を確認する必要はなかった。「笑って」という彼女の願いは、もうすでにかなっているのだから。

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