第44話 シンイチ……真一! 生きなさい!

「はぁ……はぁ……」

全ての力を込めた攻撃をたたんだ真一は、剣を振り下ろした姿勢のまま動けなくなっていた。真一の体の疲労は既に限界を超え、頭がぼーっとしている。ふと周りに目を向けると、隊員たちが次々と姿を消していき、シミュレーターから抜け出していくのが見えた。

「終わった……のか?」

そうつぶやくと、後ろからミノリが答える。

「そうみたいだね。きっと、大空さんがみんなを助けてくれたんだと思う」

「そう、か……」

真一は、もうミノリの方を振り返ることさえできないほどに疲れ果てていた。ミノリはそれに気づいたのか、真一の前方まで歩いて来た。

「さ、私たちも戻ろう。きっと、みんな心配してるよ?」

ミノリはそう言って、真一に手を差し伸べた。真一はその手をつかんで、立ち上がる。

「今の真一、いい顔してるね」

「そうか?」

「うん、ちょっと前はもっとくらーい顔だったよ?」

「えぇ……」

真一はそう言ったが、正直、自覚はあった。誰も信じられずに、自分を孤独だと思い込んでいた以前の自分は、きっととても暗い表情だっただろう。


「真一、本当にありがとう。大空さんの立てた作戦、正直、ちょっと無理があったよね」

「まぁ……な」

ちょっとなどと言うレベルではない。一歩間違えば本当に死んでいたのだ。次に会ったら文句の一つや二つ言いたいくらいだ。

「大空さんの作戦っていつもそうなの。危険で、無茶で、死と隣り合わせみたいな、ギリギリの作戦ばっかり」

「指揮官として、それでいいのか?」

「でも不思議なことに、その作戦を実行して、本当に危険な目に遭ったって人はいないの」

「それは……」

運が良かっただけだろ? と真一は言いかけたが、やめた。真一は、大空が自分に作戦をあずけてからも、放置はせずにずっと真剣な目線を送り続けていたことに気づいていたのだ。

「きっとね。本当に危なくなったら、あの人は私たちを守ってくれるの」

「何となく、そんな気はしてたよ」

「……自分を犠牲にしてでも、ね。きっと今も、ボロボロになって、医務室で晶子さんから治療と一緒にお説教を受けてるかも」

真一の頭には、ミノリが言った光景が鮮明に浮かび上がってくる。大空さんは、そういう大人だと、真一も思い始めていた。

「無理な命令はするけど、別に僕たちのことを考えてないわけじゃないもんな、あの人は」

「そう! そうなの!」

ミノリはうれしそうに相槌あいづちを打つ。

「そもそも作戦だって、こっちの実力を見極めた上で立案しているし」

「うんうん」

「きっといざって時のプランもあっただろうし」

「絶対あるよね」

「分かりにくいけど、……悪い人じゃない、よな」

「ふふっ。ありがとう、真一」

「何だよ? 僕は大空隊長のことを言って……」

「真一にとって大空さんは、初対面の相手だったはず、そんな人を信じてくれて……私の願いをかなえてくれて、ありがとう」

「願い……あぁ、あの『守ってほしい二つのお願い』か」

「うん、一つ目は、『みんなを信じてほしい』だったね」

「別に、信じたっていうか……何というか……」

「ふふっ、照れないでよ。私が今こうして生きているのも、本当に真一のおかげなんだから」


「いヤ、キミたちにはここで死んでもらうヨ」


 二人以外誰もいないはずの空間に、突如として響く声。その声は真一とミノリの二人を戦慄せんりつさせ、一気に緊張状態へと引き戻す。真一は痛みに震えながらも勇ましく剣を構え、ミノリは真一をかばうように彼の前に立つ。

「オオゾラのせいで他のヤツらには逃げられたみたいだケド、キミたちだけは逃さなイ」

声の主は黒い炎を巻き上げ、その中からゆっくりと姿を表す。

「テメェ……生きてやがったのか、七志ナナシぃ!」

真一の声に答えるように、完全に姿を現した七志は、彼らを見下ろし、ニヤリと笑う。


「ボクはこの程度じゃ死なないサ、シンイチ。でも驚いたナ。キミがここまでやれるだなんテ。……これから先の障害になるのは間違いないネ。だから、二人まとめてここで殺すことにしたヨ!」

「そんなことはさせない! 真一、今すぐ逃げるよ!」

そう言って、ミノリは端末を操作し、脱出を試みる。

 しかし、七志は彼女をあきれたような表情で見下す。

「はァ……話の分からない女ダネ。逃がさないって言ったダロ?」


 ビーッ、ビーッ!

 ブザーの音と共に、ミノリの端末にはエラーの表示が出る。ミノリは一瞬焦ったような表情をしたが、すぐに切り替え、真一に問いかける。

「どうやら、本当に逃げられないみたいだね。真一、まだ戦えそう?」

「……あぁ! やってやる!」

その言葉はうそだった。もう真一には戦える力など少しも残ってはいない。しかし、真一は覚悟を決め、七志をにらみつける。


「覚悟だけは一人前いちにんまえだね。でもキミたちはここで終わりなんだヨ!」

七志はその手から黒炎を放ち、辺りを黒く染め上げる。そして、その炎は真一たちに向かって急速に燃え広がる。

「来るよ真一!」

「分かってる!」

ミノリは魔力をまとわせた笛を振るうことで何とか炎を払うことが出来た。しかし、真一は次々と迫り来る炎を払いきれずに、炎に飲まれてしまった。

「うっ……グワァ!」

炎は真一の体を焼くことはなかった。しかし、絡みつくように真一の全身の関節を固定し、動きを封じる。

「真一! ……いやっ! くっ……あぁっ!」

ミノリも必死に抵抗したが、元々戦闘能力が高くはない彼女は、すぐに捕えられてしまった。

「ははははハッ! 情けないネェ。ボクを追い詰めた作戦の要だったキミたちも、たった二人じゃ何もできないなんテ」

七志は真一たち二人を自分の方へ引き寄せ、手にした刀を高く振りかざす。

「じゃァ、そろそろ死んでもらうヨ」

今の真一では炎の束縛を逃れることはできず、戦闘員ではないミノリもまた同じだった。


(僕はここで死ぬのか?)

そんな考えが真一の脳裏をよぎる。

(嫌だ! せっかく、せっかくみんなに会えたのに。守りたい人たちに会えたのに、こんな所で死にたくない!)

真一は必死にもがくが、文字通り本当に手も足も出ない。

 自分が全力で挑んで勝てず、多くの人たちと協力しても勝てず、そんな相手にたった二人で勝てるはずがない。理屈で考えて、勝ち目がないことは分かっていた。しかし、それでも死にたくはなかった。

(嫌だ……嫌だ。みんなともっとたくさんの作戦をこなしたい。もっと一緒にいたい。僕は、生きていたい!)

振り下ろされた七志の刃が、真一の長い髪をかすめ、髪を縛っていたゴムを切る。

(こんな所じゃ……終われない!)


その時。


『シンイチ』

聞き覚えのある女性の声が聞こえ、気がついたら、真一は何もない白い空間にいた。

「……ここは?」

突然のことで驚いたが、真一はこの場所を知っている。ここは最初に悪鬼を倒した後に見た、夢の中の景色。上も下もなく、無重力で、無限に広がる白い空間だ。

『シンイチ……あなたはまだ、死んではいけない』

声は聞こえるが、声の主は見当たらない。

『シンイチ。生きて、生きて。そし……いつ……あ、子を……。……真一! 生きなさい!』


 真一は、ハッと目を開けた。

 見ると、真一の体は緑の光に包まれ、その光に触れた七志の炎は消えていき、真一とミノリの拘束を解く。

「ぐあぁぁああああぁああああアアアア!」

その光は、七志をはね退け、光に触れた七志の体はみるみる崩れていく。

「真一……その光は?」

「分からない、何だこれは!」

自身からあふれ出す光に、真一とミノリは困惑した。しかし、不思議と恐怖はなかった。その光は、真一の心を包み込むかのように暖かく、安心させてくれるものだった。


「あはははははははハハ!」

跳ね飛ばされた七志は、顔を覆っていたフードが外れ、そのを真一とミノリにさらしていた。

 白い髪に白い肌、ギラギラと不気味にきらめく暗い金の瞳、そしてフードからものぞいていたニヤリと笑った口元。

「シンイチ、シンイチ! キミだったのカ! 全然気づかなかったヨ。やっと、やっとに会えタ! あははハハ!!」

七志の素顔は、美形のそれであったが、その言動と表情からは魅力を感じられず、むしろ嫌悪感さえ抱かせる。

「ン? でもオカシイな? シンイチがそうならもっと早くニ……そうカ!」

七志は瞬時に真一に近づき、彼の肩を抱き、彼の顔に自身の顔を近づける。

んだね! アリガトウ、シンイチ。キミに会えてよかったヨ!」

光を直接浴びた七志の体は急速に溶けていく。しかし、真一の肩を抑える手の力は全く緩めなかった。

「クソ……顔を近づけるな! 気持ち悪い!」

「顔? ……あァ、フードが外れてしまったのカ……まぁいいヤ! これでキミは、!」

そう言って、七志は手を離した。

「じゃぁネ、シンイチ。今度会う時は、こんなデータで再現した体じゃなくテ、ボクの本体で会いにいくからネ。楽しみにしててヨ。ふふふふフ……」

そう言って、七志は黒い灰になって空に消えていく。

 真一は、七志が何を言っているのか分からず、彼が消えていく様をただ茫然ぼうぜんと眺めていた。

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