第43話 救出された隊員たち

 ここは総天祭そうてんさい運営の中心。大会が行われるシミュレーターの管理室。


「あーダメだ。シミュレーター内への通信が切られてやがる。これじゃこっちからは何もできねーぞ」

「あの七志ナナシと名乗る悪鬼の妨害のせいですね……大空さんのおかげて、隊員の中に致命的な負傷者はいませんが、ほうっておいたら危険な状態であることに変わりありません。早く救助してあげたいのですが」

鉄也てつや晶子あきこの二人は、システムが七志に奪われた後でも、外部から必死の抵抗を試みていた。しかし、何の打開策も打ち出せないまま、ただ戦う隊員たちの様子を見ることしかできなかった。

「おい晶子、お前はそろそろ休め。隊員たちが戻ってきた後で、一番忙しくなるのはお前だ」

「何言っているんですか! 大切なのは今なんです。今やるべきことをやらずに、その後に備えるなんて……私にはできません!」

「そうは言ってもなぁ、今俺たちにできることなんて何もないぞ?」

「そうかもしれませんが……それでも私は!」


「いや、今ならできることはある」


 鉄也と晶子の背後から響く男性の声。それは、つい先ほどまではシミュレーター内から聞こえていた声だった。

 その男の声を聞いて、晶子は恐るべき速さで後ろを振り返る。

「大空さん! あなた、こんな所で何しているんですか⁉︎」

勝手にシミュレーターに入って、そして勝手に戻ってきた大空に、晶子は怒りが込み上げてきたのだ。しかし、その怒りは大空の姿を見て、すぐに別の感情に置き換わってしまった。


「……何ですか、その姿は?」

「シミュレーターに仕掛けられた七志の妨害を、内側から無理やり突破してきた……」

「無理やり? それでそんなケガを……?」

「……まだ通信はできないが、これで隊員たちをシミュレーターの外に出すことはできるはずだ。隊員が外に出たら、放送で医務室へ誘導してくれ。ヤツの妨害はシミュレーターの外には及んではいないから、外での放送ならできるはずだ……」

「そんなことより、あなたは早く医務室に行ってください! その出血では長くは保ちません!」

「あぁ……そのつもりだ」

「そのつもりだったんですか⁉︎」

「私はお前たちに情報を届けに来ただけだ……後は、頼んだぞ」

そう言って、大空は足を引きずりながら、苦しそうに医務室へ向かっていった。


「……」

「……」

晶子と鉄也はしばらく唖然あぜんとしていたが、ハッと自分のすべきことを思い出し、二人はモニターに向かった。

「ボケっとしてる場合じゃないぞ晶子! 今から俺がみんなをシミュレーターの外に出して放送を入れる。お前はその後の全員の手当てと検査の準備をしてくれ!」

「分かっています。医療班の皆さん、聞こえますか? 晶子です、今から総天祭参加者に対して緊急の手当てと検査を行います! ……えっ? もう準備はできている? 流石です!」


 鉄也と晶子の素早い行動で、隊員たちは次々と救助され、シミュレーターの外に出された。突然シミュレーターから出されて混乱している隊員たちのために、鉄也が誘導のための放送を入れる。

『おーい、聞こえてるかーみんなー。総天祭予選はこれで終わりだ。シミュレーターから出た隊員諸君はこの放送と、端末に送られた指示に従って速やかに治療を受けてくれ。端末に①と表示された隊員は1番出口から出て、特設医務室へ、②と表示された隊員は……』


 放送を聞いた隊員たちは鉄也の指示に従い、並んで医務室へと向かっていった。本来なら、シミュレーター内で負った傷は現実世界に反映されることはないが、七志から受けた傷は現実でもそのまま傷として残っていた。それでも、大空の活躍で致命傷を負った隊員はおらず、治療を受ければ問題ないレベルの負傷にとどまっていた。


 しかし、中には指示に従わない隊員もいた。


鋼太こうたぁ! 鋼太! どこぉ!」

シミュレーターから抜け出した彩華あやかは、すぐに鋼太を探し始めていた。周りは、同じように救出された隊員たちで埋め尽くされ、近くのシミュレーターに入ったはずの鋼太の姿さえ全く確認できない。

「鋼太! ……鋼太ぁ!」

彩華はずっと鋼太の事を心配していたのだ。七志の攻撃を正面から受け止め、それを弾き返した鋼太を、彩華は直接支えることができなかったからだ。もちろん、七志と直接戦い、足止めをしていた彼女も十分に傷ついていた。しかし、自分の傷など気にならない程に、彼のことが心配でたまらなかったのだ。

 彩華は人混みをかき分け、涙さえ浮かべながら鋼太を探す。


「おい、そんなに力まかせに動くな」

そう背後から話しかけられるとともに、彩華は不意に後ろから肩をつかまれた。


「お前の力は普通じゃないんだ。みんなケガをしてしまうぞ」

声の主が誰なのかを、彩華は振り向かなくとも分かっていた。その大きくて暖かい手のひらを、その低く落ち着いた声色を、彩華はよく知っていたのだ。

「鋼太ぁ!」

彩華は、振り返ると同時に声の主に抱きついた。


「ごめんね鋼太……私、鋼太を支えられなかった……鋼太は大変な役割を負っていたのに」

声の主であった鋼太は、大粒の涙を浮かべる彩華の頭をでながら、優しく語りかける。

「俺の方こそすまない。お前に前線で戦わせてしまった」

鋼太の方も、彩華に負けず劣らずの傷だらけの姿であったが、それでも彼は優しく頬笑ほほえんでいた。

 彩華は、そんな彼の言葉を受け、更に強く彼を抱きしめながらこう言った。

「いいの。鋼太が無事なら、それでいいの」

「あぁ、お前も無事でよかった……所で……うっ!」

鋼太は急に声を震わせ、苦しそうにうなった。

「そろそろ、手を離してくれないか……体が……ちぎれそうだ」

その言葉で彩華はハッとして、鋼太から手を離した。彩華はその破格の腕力で、全力で彼を抱きしめていたのだ。

「ご……ごめん! 大丈夫⁉︎」

彩華の問いかけに、鋼太は苦しそうに笑って答える。

「あぁ……これに比べれば、あの七志とかいう悪鬼の攻撃も、大したことないな……」

「あっ! それは言い過ぎじゃない!」


「ちょっとそこのお二人さん。公衆の面前でイチャつくのはやめてもらえますか?」

彼らの様子を遠くから見ていた雅輝まさきが、あきれたような表情で彼らに指摘する。

「そーだそーだ! せっかく助かったのに嫌な気分になる人だっているんだぞー!」

雅輝の横にいる大智だいちも、その小さな体で目一杯に抗議の意を示している。

「ほら、子供だって見ているんですよ? そういうことは人目のないところでお願いしますね」

「そーだそーだ……って、子供ってまさかオレのことかー⁉︎」

「ん? 他に誰がいるんですか?」

「何を! まさにぃだってまだ十七歳だろ! そっちだって子供じゃないかー!」

「私は心が大人なので大丈夫なんです」

「あーそういうことを言うのが子供なんだぞ!」

「ははは! そうかもしれませんね。さ、私たちもそろそろ医務室に向かいましょう。みんな並んでいますよ……ん?」

雅輝はふと誰かがいないことに気がついた。


「そう言えば、? 今回の作戦で一番頑張った彼がいないじゃないですか?」

? どこいったのかな?」

雅輝と大智が周りを見回していると、再び鉄也からの放送が入った。


『おい大変だ! ミノリと真一がシミュレーターから帰って来ないぞ!』

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