第35話 お前は独りではない

「ふふフフフ……あははハハ……あーハッハッハッハ!」

七志ナナシは腹を抱え、のたうち回り、笑い転げる。

 真一と他の多くの隊員たちは、そんな彼の様子をただ見ていた。その視線は異様な物を前にしたときの、恐怖と忌避きひが入り混じった嫌悪の目だった。

「あはははハ……うふふふフ……ふゥ」

七志の笑い声は次第に収まり、最後に大きなため息をついた。そしてゆっくりと立ち上がり、ニヤリと笑う。

「とんだ名探偵もいたもんダ! そうだよシンイチ! ボクは、君たちが悪鬼と呼ぶ存在サ!」

七志はそう叫び、刀を地面に突き刺した。すると、そこから黒い炎が急速に燃え広がり、会場全体を覆い尽くした。

 青い空は黒く染まり、太陽は隠され、真夏だと言うのに異様な寒気さえ感じさせる。


「うわぁぁぁぁ!」「キャァあああああ!」「グオオおおお!」


 炎に巻き込まれた隊員たちは苦悶くもんの叫びを上げ、次々と倒れていく。その様子は、今までの悪鬼に倒された隊員のそれとは明らかに異なっていた。全身が焼かれて火だるまになっても、シミュレーターから排出されることなく、延々と苦しみ続けている。その異様な光景に、会場全体がざわめく。

「あーアー、これくらいの炎で焼かれるような心の弱いやつに用はないんだヨ。……さて、シンイチ。キミはボクが求めている、心の強い人間カナ?」


「七志ぃぃぃぃぃぃ!!!」

問いかけに答えるより先に飛び出した真一は、七志に向けて全力で剣を振り下ろす。

 しかしその攻撃は、片手で持った刀によって簡単に防がれてしまった。その刀は真一の攻撃を受けても、曲がりもしなければ、刃こぼれ一つしていない。

「……刀がもろいって言うのもうそなのか⁉︎ 七志!」

「聞く耳持たずカイ? 先に質問したのはコッチなんだけどネ……でもそうだネ、ボクにとっては形あるものは全て脆い、とだけ答えておこうカナ」

「じゃぁ……顔に傷があるってのも嘘か!」

七志の刀を払った真一は、彼のフードを目掛けて斬り上げる。それを七志は体を後ろにらすことで避け、そのまま大きく飛び跳ねて距離を取った。

「おぉっト、危ないじゃないかシンイチ。いきなり頭なんか狙っテ」

その様子は余裕そのもの。真一の全力を軽くあしらっている。口では危ないと言いつつ、常にニヤニヤと笑っていることからもそれは明らかだ。


 これが上級悪鬼……人型の力なのか?


「あー……でももう飽きたヨ。キミはボクが探している人間だと思ったんだケド、気のせいだったみたいダ」

七志が左手を上に掲げると、そこに黒い炎が集まってくる。その炎はどんどん巨大になり、あっという間に直径十メートルはあるであろう火の玉になった。

「じゃぁネ、シンイチ。キミとの友情ごっこは、そこそこ楽しかったヨ」

放たれた火の玉は、とてつもない速さで真一にせまってくる。あの大きさでは、もはや防ぐことも避けることもできない。そう思った。


かがやけ、天極星てんきょくせい


 後方から知らない男の声が響き、七志の放った火の玉は真一の目の前で散り散りになって消滅した。

 真一は、一体何が起こったのかわからず困惑していると、男の声はさらに言葉を続ける。

「よくやった、真一。お前があいつの気を引いてくれたお陰で、他の隊員たちは無事に救出された」

辺りを見渡すと、先ほどまで火だるまになっていた隊員たちの姿はなくなっていた。

「あいつにずいぶんとひどい目にあわされたようだが……大丈夫か?」

そう言われて真一は振り返り、男の方を見た。

「大丈夫です……あなたは?」

「私は大空おおぞら悠悟ゆうご、SOLAの隊長だ」

大空はそのまま真一の前に出た。

 大空の身長はそれほど高くはなく、真一と同じか、それより少し高い程度であった。しかし不思議とその背中は大きく、そして頼もしく見えた。


 大空は手にした黒い水晶玉を七志に向け、ゆっくりと話し始める。

「おいお前、ここは祭りの場なんだ。帰ってくれるとありがたいんだが?」

「イヤだなァ、オオゾラ、ボクとキミの仲じゃないか? お前だなんて呼び方をされたら寂しいヨ。今のボクには、七志ジンって名前があるんだから、そっちで呼んで欲しいナ」

「ナナシ? ……お前にピッタリだな」

「だろゥ。結構気に入っているんダ」

「それで? 帰ってくれるのか?」

「あはははハ! 嫌に決まっているだろゥ? シンイチだけならともかく、キミまで出てきたら、こんなのチャンスでしかないじゃないカ! ここでキミを倒せば、ボクのやりたいことは達成したも同然だからネ」

「だろうな」

「さァどうすル? 今のキミにボクが倒せるカイ?」

七志はそう言うと、再び手を掲げ、黒い炎を集め始めた。

 そしてそれは、先ほどの火の玉とは比べ物にならない程に巨大だった。


 あんなの……どうやって防ぐんだ?


 そう思い、真一は大空の方を見上げる。そして大空は、はっきりとこう言った。

「うん。私では無理だな」

「はぁっ⁉︎」

真一は思わず大きな声を出してしまう。

「えっ? あなたは隊長……なんですよね?」

「あぁ、元隊長だがな」

「強いんですよね?」

「私の能力は戦闘向きではなくてな」

「さっきの攻撃は防げてたじゃないですか!?」

「あのサイズになるともうお手上げだ」

「じゃぁどうするんですか⁉︎」

真一がそう言うと、大空は不思議そうに真一を見つめ返す。

「奇妙なことを言うな? 私がいつ一人で戦うと言った。私たちが戦う悪鬼は、私たちよりもずっと強い。だから私たちには、がいるんだ」


 大空がそう言い終わると、真一の背後から足音が聞こえた。大空はそのまま言葉を続ける。

「七志は人の心をもてあそび、傷つけ、深い闇に沈めようとする。だがな真一、目の前の小さな事象に惑わされるな、もっと視野を広く持て。お前はひとりではない。その証拠に、ずっとお前のことを心配して、危険だと言うのにまでいる」

真一は足音がする方を振り返った。

「君は……」


「助けに来たよ、真一!」

そこにいたのは、笛を構えた笑顔のミノリだった。

「さぁ、一緒にあいつを倒しに行こう!」

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