第33話 二百九十九体目の悪鬼

 真一と七志ナナシの戦い方は単純だが、とても安定していた。

 防御の真一と、攻撃の七志。お互いが完全に役割分担をしており、それぞれの隙をカバーしている。

 この作戦に不安要素があるとすれば、七志に攻撃が集中してしまうことだ。七志の刀は鋭いが、もろくて防御に使用することはできない。そのため、七志が攻撃され続ければ、すぐに倒されてしまう可能性が高い。そのことは真一も理解しており、もしも七志が攻撃されることがあれば、自ら進んで防御に入るつもりでいた。


 しかし不思議なことに、どの悪鬼も七志に攻撃を当てられずにいたのだ。真一が防御に入らずとも、七志は悪鬼の攻撃を最低限の動作でひらりとかわし、わずかな隙を突いて倒している。これにより、二人の連携は完璧なものになっていた。

 二人は次々と悪鬼を倒していき、ついに三百体いた悪鬼を、残りわずかにまで減らすことができた。


「ハァ……ハァ……」

バーチャル空間とはいえ、シミュレーターは疲れを感じさせるようにできている。ずっと戦い続けた真一は、大粒の汗をかき、息を切らしていた。幸いにも、今は周りに悪鬼がいないため、少しは休めそうだった。

 深呼吸をして周りを見ると、やはりどの隊員も疲れているように見える。しかし、やはりS級隊員は別格だ。あの弓使いの青年も、機械に乗った少年も、多少の汗はかいているが、息は上がっておらず、まだまだ余裕といった様子だった。


「大丈夫カイ? シンイチ」

少し離れた位置から七志が問いかける。見ると、七志は汗一つかいておらず、息も切らしていない。

「……お前は、平気なのか?」

「あァ、なんとかネ。ごめんヨ、キミにばかり無理をさせテ、つらかったカイ?」

「いや……それはいいんだ。いいんだけど……」

真一の中で、わずかな疑念が生まれる。

 あれだけ戦って、七志は疲れていないのか?


 ボフンッ!


 突然の爆発音と共に、七志の背後に翼を広げた鳥型の悪鬼が現れた。悪鬼は鋭い爪を掲げて猛スピードで突進してくる。

「危ない! 七志ぃ!」

真一の必死の叫びを聞いて七志は振り返るが、悪鬼はもう回避できないほどに迫って来ていた。真一のいる場所からでは、防御に入ろうにも絶対に間に合わない。

 もうダメなのか!

 そう思った。


 しかし、七志はその場を一歩も動かず、ただ立っているだけで、悪鬼の攻撃をかわした。そして悪鬼は、勢いそのままに真一に突進してきた。

「⁉︎」

驚いた真一は剣を構えるのが一瞬遅れてしまったが、何とか悪鬼の攻撃を防ぐことができた。疲れた体にのしかかるとんでもない衝撃に、真一は吹き飛ばされそうになる。それでも、歯を食いしばり、地面を踏み締め、最後の魔力を振り絞ることで、ギリギリで耐えられた。


 トンッ


 必死に耐える真一の背後から、何かが落ちるような音がした。すると、真一にかかる力は急に弱まり、気がつくと、鳥型の悪鬼はバラバラに崩れ落ちていた。

 一瞬の出来事に驚きながら後ろを振り返ると、そこには刀を振り抜いた七志の姿があった。

「ありがとうシンイチ、さっきのは少し危なかったネ。ケガはないカイ?」

「あぁ。僕は大丈夫だけど……」


 真一は、先ほどのことを思い出す。七志は、悪鬼の攻撃を避けたのでも防いだのでもない。ただ立っているだけなのにのだ。

 今までの彼の様子と、言動、そして先ほど見た光景から、真一の中で生じた疑念が確信に変わっていく。


 ピコン


 電子音と共に、スタジアムの大画面に、倒された悪鬼の総数が更新される。

 先ほど倒した悪鬼は二百九十九体目の悪鬼だった。

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