第32話 初代隊長、大空悠悟

 システムの点検は困難をきわめた。

 当初はそれほど深刻な問題ではないように思えたシステムの不具合が、実はその根幹に関わる重大な問題であることが発覚したのだ。

 システムの点検には、心機開発部しんきかいはつぶ夕空ゆうぞらのほぼ全隊員と、隊長である鉄也てつやも参加し、機材の点検には医療部隊いりょうぶたい星空ほしぞらと、隊長の晶子あきこまで参加していた。

 そうしてついに、不具合の原因を発見した。


「しかし……これは……どうしようもねぇな」

「ええ。一度試合を中断させて、根本的にメンテナンスしなければなりません」

画面を見つめ、鉄也と晶子はつぶやいた。

「で、どうする? 隊員たちはまだ戦っているみたいだが?」

「そんなの決まっています、中止です! 隊員の安全を最優先に考えた場合、それしかありません!」

「だよな。同じ意見でよかったぜ」

「はい。では今すぐ中止の連絡を……」


「それは無理だ」


 二人の背後から男性の低い声が響く。

 振り返ると、システム管理室の扉の前に、ボロボロのスーツを着た四十代程度だと思われる男性が立っていた。その服装こそ見窄みすぼらしかったが、余裕を持った立ち姿は堂々としており、不思議な雰囲気を醸し出していた。

 ざわつく隊員たちの中、鉄也と晶子だけは絶句し、口をぱくぱくさせながらその人物を見ていた。

「な……なんでがここに……」

「納得できません、中止が無理とはどういうことですか⁉︎ ……いくらあなたの言うことでも、説明を求めます! ……大空おおぞら悠悟ゆうごさん!」

両手で机をバンとたたき、晶子は今までにない鋭い目つきで大空をにらみつける。しかし大空はスクリーンを見たまま、彼女と目を合わせようとさえしない。

「言葉の通りだ。もうシステムは支配されている。今更私たちが何をしようが、外部からの中断は無理だろう」

「えっ? ……そんなっ!」

晶子はキーボードに向き直り、システムに中止の指示を出した。しかし何をやっても、ブザー音とともにエラーの表示が出るのみだった。

「見ての通りだ。外部からの中断が無理な以上。シミュレーター内で原因を排除するほかない」

大空は至って冷静に、そして淡々と言葉を紡ぐ。

「……隊員たちが、心配じゃないんですか?」

「ん? ……心配だからこうして出向いて来た。幸いにも、シミュレーター内に入ることはできそうだ。そこで、私がシミュレーター内に入り……」

「何年もを放り出しておいて、急に戻って来たと思ったらそれですか?」

「……何を怒っている? これが一番合理的で確実な解決策だ。誰にも迷惑はかけない。私が原因を解決して、それで終わりだ」

「あなたはいつもそうです。自分がやるべきだと思った事しかしない!」

「……すまない、私が組織のトップに向いていないことは、私自身も理解している。だから私は隊長の座を退いた」

「あんなに譲ることで、ですか?」

「あいつは強い、カリスマ性もあり、みんなあいつをしたっている、それに……」

「えぇその通りです。の強さは申し分ないですし、人望もあります。でも、まだ子どもです!」

「それでも、私よりは隊長に適任だと考えている」

「それが無責任なんです! いいですか? 私は医療部隊のトップとしてあなたに言いたいことが山ほど……ちょっと、邪魔しないでください鉄也!」

激昂げっこうする晶子を、鉄也が手を引いて制止する。

「晶子、お前の言いたいことは俺にも分かる。だが、落ち着け。お前がここで冷静さを欠いたら、それこそ隊員の命が危うい」

「ですが鉄也、この人は……!」

「あぁ、言いたいことは俺にも山ほどある。でもお前の言う通り、隊員の安全が最優先だ。そうなると、残念なことに今は大空さんの言う通りにするしかないんだ」

「……そうですね。あの人の言うことは、いつも合理的で、いつも正しい。だからこそ、SOLAソラをここまで巨大な組織にできたんです。分かっています」

鉄也は晶子の肩を抱き、彼女をなだめた。最初は興奮していた晶子も、次第に呼吸を整え、落ち着きを取り戻した。

 そして、鉄也は大空の方を向かないまま、彼に話しかける。


「大空さん、もう大丈夫です。シミュレーターに入ってください」

「……いいのか?」

「えぇ。作戦内容ならさっき聞きました。あなたが原因を排除して、それで終わりなんですよね? あなたのことです。これ以上は何も話してくれないでしょう」

「……すまない」

「こちらこそすみません。俺も、そして晶子も、を忘れている訳ではありません。感謝もしています」

「……そうか」

「隊員たちを、どうか、よろしくお願いします」

「あぁ」

大空はそう言って、ゆっくりとその場を立ち去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る