第20話 できること、あるよ

真一しんいち、最近すごく頑張っているみたいだね。鉄也てつやさんから聞いたよ」


 ミノリはそう言って、真一の隣に腰を下ろした。


「シミュレーターでたくさん悪鬼と戦っているみたいだし、これで心機の使い方はバッチリだね」


 ミノリが微笑みながら、真一の顔をのぞむ。しかし、真一は目をそらした。


「そうやって、順調に強くなっている真一くんが、こんな所で一人で何をしているのかな?」

「……どうだっていいだろ?」


 顔を背けながら、真一はそっけなく答える。


「……あっ、何かあったんだ?」

「ないよ、別に」

「んー? 本当に?」

「……さっきからうるさいなぁ!!」


 真一は勢いよく立ち上がった。


「君には関係ないだろ! なんだよ! こっちは話したくないって、見て分からないのかよ!」


 真一には分かっていた。

 ミノリは、自分とは違う。

 SOLAソラに入ってから、彼女のことは何度も見てきた。

 彼女はいつも、仲間の輪の中心にいた。

 特定の誰かと一緒にいるわけではない。それなのに、彼女の周りには自然と人が集まり、みんなが笑顔になっていた。


 ——誰とでも仲良くなれる存在。

 それが、ミノリだった。

 どこへ行ってもひとりになってしまう自分とは違う。

 彼女に、自分の気持ちが分かるはずがない。


「関係あるよ」


 それでも、ミノリは真一から離れようとはしなかった。

 ベンチに座ったまま、真一を見上げる。

 まっすぐに、感情的になった彼を見つめ続ける。


「何でだよ!」

「仲間、だからね」

「仲間? だったらどうなんだ! 君に僕の気持ちなんて分からないだろ⁉︎」

「うん、分からない」

「だったら……!」

「だから、教えてほしいの。真一の気持ちを」


「っ……!」


 ミノリの瞳を見て、真一はハッとした。

 彼女は、悪いことなど何もしていない。

 むしろ、自分のことを助けようとしてくれているのに——


 それなのに、自分は感情に任せて怒鳴りつけた。

『僕の気持ちなんて分からないだろ』

 その言葉は、まるで非難するための正当な理由のように聞こえるかもしれない。


 でも、本当は違う。


 他人の気持ちなんて分からないのは、当たり前だ。


 かつて、自分もそれで悩んでいたはずなのに。


 自分の苦しみを分かってもらえないことに、苛立っていたくせに——。


 なのに今、自分は同じことをしている。


「ねぇ、真一?」


 ミノリの声が、優しく響く。

 強い意志を感じさせる瞳は、今も真一を見つめていた。

 彼女はきっと、この場を離れないだろう。


「はぁ……」


 真一は、深く息を吐いた。

 そして、静かにベンチへ座り直す。


「君は、誰に対してもこんなに強引なのか?」

「うーん……どうだろう? 自分じゃ分かんないや」

「何だよ、それ?」

「あはは」

「それで、何で悩んでいたの?」

「……実は——」


 真一は、ミノリにすべてを話した。



 C級には、心に傷を負い、立ち直れない人が多くいること。

 何とかしたくても、方法が分からないこと。

 強くなりたくても、それには「三人の仲間」が必要で、今の自分ではその条件をクリアできないこと——。


 ミノリは、ただ黙って隣に座っていた。

 決して口を挟まず、ただ相槌あいづちを打ちながら、真一の気持ちに寄り添い続けた。


「……もう、どうしたらいいか分からないんだ」

「そうか……大変だったんだね」

「なぁ、ミノリ!」

「何?」

「僕と一緒に戦ってくれないか?」


 真一は、ずっと言えなかった言葉をついに口にした。


「君となら、僕はきっとうまく戦える。僕には……君しかいないんだ……!」


 必死だった。


 けれど——


 ミノリは至って冷静だった。


「いいけど——」


 ミノリは静かに言う。


晶子あきこさんが言ってたでしょ? 上級悪鬼と戦うためには、三人以上が必要」

「……!」

「私と真一と、あともう一人はどうするの?」


「それは……」


 真一は言葉に詰まる。


「……ごめん、ミノリに頼って、探してもらおうと思っていた……」

「ううん。頼ってくれるのは、とってもうれしいよ」


 甘かった。


 真一は、思い知る。

 ミノリ一人の力を借りたところで、問題は解決しない。

 これは、自分自身の問題なのだ。

 他人に解決してもらおうなんて、甘えだ。


「でもね、真一」

 ミノリは、穏やかな笑顔で問いかけた。


「三人のメンバーをそろえることより、大切なことがあるんじゃないかな?」

「……大切なこと?」

「うん。C級のみんなに、元気になってほしいんだよね?」

「……そうだけど、僕じゃ何もできないし……」

「できること、あるよ」


 ミノリは、真一に向かって微笑む。


「あるのか? 僕にもできることが」


 もし、そんなことがあるのなら——

 やってみたい。

 今の自分にもできることがあるのなら——


 そのとき、真一の前に、一筋の光が差したような気がした。


「ねぇ、真一……」

ミノリは、静かに言う。


「【総天祭そうてんさい】に出てみない?」

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