第19話 仲間はいるんですか?

 真一がSOLAソラの訓練生になって、一週間がたった。

 真一は、日々心機の扱い方の勉強や、シミュレーターによって再現された悪鬼との戦闘を行い、自らの能力をどんどん高めていた。

 真一は、早く強くなって、すぐにでも訓練生のC級から、実践投入されるB級になりたかったのだ。しかし、昇級に必要な試験は頻繁には行なっておらず、一番早くても一ヶ月先になってしまう。既に訓練生として戦えるレベルの悪鬼を全て倒してしまった真一は、完全に能力を持て余していた。


 他の訓練生と交流しようにも、真一はここでも孤立していたのだ。

 訓練生の中には悪鬼に住む場所を奪われ、他に行くあてもないので入隊したという人も大勢いた。その人が弱いということは決してなく、悪鬼が狙う心の強い人であることに間違いなかった。しかし、そのショックから立ち直れない人も多く、真一は何と声をかけていいのか分からなかった。自分は運良く助かっただけで、もしも初めて会ったあの悪鬼に家を壊され、両親や妹を殺されていたら、そのショックからいつ立ち直れるか分からない。人によっては、一生引きずる心の傷になってもおかしくない。そんな心に深い傷を負った訓練生が、周りにはたくさんいたのだ。


 どうしたら彼らが救えるのか分からない真一は、そのことから目を背けるように更に強さを追い求めた。

 そしてついに、強敵を求めて鉄也てつやに直談判に行った。


「はぁ? 人型ひとがた竜型りゅうがたの悪鬼とも戦いたいだと?」

「はい。C級のシミュレーターじゃ虫型と獣型の悪鬼としか戦えませんが、僕はもっと強い悪鬼と戦いたいんです」

「そうは言ってもなぁ……」

「今僕が戦える悪鬼は全て倒しました。一度だけじゃないです。地形や天候などの条件を変えて何度も倒しました」

「あー、だがな……」

「何が問題なんですか? たとえ負けても、シミュレーターじゃ実害は……」


「あります!」

真一の背後から、女性の声が響く。振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。

「あなたは……確か、最初に検査をしてくれた……」

雨宮あめみや晶子あきこです」

晶子と名乗る彼女の年齢は二十代前半。明るい茶髪を後ろで一つに縛りそこに艶のある黒いリボンを着けていた。黒縁くろぶちの細いメガネの奥には大きくてかわいらしい瞳があったが、今はとても険しい顔つきをしている。服装は深緑のニットにタイトスカートを着ており、上から白衣を羽織ってはいるが、その豊満なスタイルは隠し切れてはいなかった。

「ヨォ晶子。医療部門いりょうぶもん星空ほしぞらの隊長であるお前が何のようだ?」

「何の用だ、じゃないですよ鉄也! たまたま通りかかったら、何やらC級の真一さんが上級悪鬼じょうきゅうあっきたちと戦いたいと言うじゃないですか? これは医療部門のトップとして止めておかなければなりません!」

ものすごい剣幕で迫ってくる晶子に、真一は驚いた。検査の時はとても穏やかで優しい女性に見えたからだ。

「な……何でですか⁉︎ 教えてくださいよ!」

すると、晶子はため息をついて真一を見た。その目は、まるで子どもをしかりつける学校の先生のような威圧的な雰囲気があり、中学生である真一はドキリとした。

「いいですか、人型以上の上級悪鬼は、特殊能力を持っている悪鬼もいます。その能力は、データで再現されたものであっても、人体に影響を及ぼす場合があるんです。それを治療する手段はもちろん用意してありますが、最悪の場合後遺症こういしょうが残ることもあります。そんな危険なことを、入隊したばかりのあなたにさせるわけにはいきません!」

「それでも僕は強くなりたいんだ!」

「ダメです!」

「戦って危なくなったら外部からシミュレーションを中断してくれても構わない! だから!」

真一は必死だった。今の自分を変えたくて、もっと成長したくて、ただ足踏みしているだけの自分が許せなくて。


 そんな様子の真一を見て、晶子は少し悲しい顔をした。

「真一さん。あなた、今までシミュレーターを使ってどうやって悪鬼と戦ってきましたか?」

「どうやってって……普通に戦っただけですが……」

、ですが?」

「えぇ……悪いですか?」

「それではダメです」

「どうして……⁉︎」

「上級悪鬼と戦うためには、最低でも戦わなければいけません。それがSOLAのルールであり、あなたの安全のためにも必要なんです」

「最低でも……三人」

「えぇ。あなたに、一緒に戦ってくれる仲間はいるんですか?」

「それは……」

仲間を得たくてSOLAに入って、それが無理ならせめて強くなりたいと願ったのに、そのためには一緒に戦う誰かが必要。この事実に、真一は愕然がくぜんとした。


 仲間なんてどうやって作るんだ? どうやったら一緒に戦ってくれるんだ? どうやったら対等の立場でいられるんだ? 分からない、何もかもが分からない。

 しかし真一は、仲間がいなければこれ以上強くはなれないということだけは理解できた。

「分かりました……シミュレーターで上級悪鬼と戦うのは、諦めます……」

そう言って、真一は訓練室へ戻った。


 訓練室のベンチに座り、真一は呆然ぼうぜんと天井を見上げる。

 もう、どうしたらいいのか分からなかった。頭の中がぐちゃぐちゃで、嫌な考えばかりが浮かぶ。

「……クソっ」

歯を食いしばり、額に手を置く。あぁ、泣きそうだ……。


「どうしたの?」

そう言って真一の顔をのぞんできたのはミノリだった。ミノリのその顔が、大きな瞳が、笑顔が、真一の目の前にあった。

「うわぁ!」

真一は驚いて飛び起きる。

「みっ……ミノリ!」

「久しぶり、真一。元気だった?」

彼女は相変わらず、優しい頬笑みを浮かべていた。

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