第9話 それはとても危険な賭けだったが
巨大な体を引きずりながら、
地面が激しく震え、立っていることさえままならない。
——逃げなきゃ!
そう思った瞬間、身体が動かないことに気づいた。
「クソッ! クソッ! 動けよ!」
力を込めても、ミノリの不思議な力が解ける気配はない。
悪鬼が来るまで、あと数秒。そうしたら、あの鎌で斬られるのか、それとも巨体に押し潰されるのか。
——死にたくない!
近づく気配、響く地響き。
肌で感じるほどの圧迫感。
そして、気づけば真一の体は、悪鬼の影に覆われていた。
——終わりだ。
ドォォォォォォォォォン!!
……殺された?
だが、痛みはない。意識もはっきりしている。
なぜ——?
ギギギギギィィィィ……
金属が擦れ合う音。
真一は、ハッとして振り返る。
「おい……ケガはないか?」
——目の前にあったのは、大きな背中。
たくましい腕、異様な剣——それが、悪鬼の鎌を受け止めている。
「こ……
「……返事ができるなら、無事ということだな……」
「どうして……いや、どうやってここまで!?」
さっきまで、鋼太は遠くにいたはずだ。悪鬼の移動速度を考えれば、普通の人間が先回りできるはずがない。
「即興の作戦だったが——
彩華の方を見ると、振りかぶった後のような姿勢で、長く伸びた
「あっ! ……えぇぇぇ⁉︎」
常識では考えられないが……。
——まさか、鋼太は彩華に投げ飛ばされた というのか?
着地は? コントロールは? 危険性は?
混乱しながらも、鋼太を見た。
その身体には、以前にはなかった傷がいくつも
……間違いない。鋼太たちは、無茶な作戦を承知で、自分を助けてくれたのだ。
「あの、ありが——」
「礼は後でいい! もうお前の拘束は消えているはずだ。早く逃げろ!」
大声に、真一はハッとする。
試しに動くと、足が自由に動いた。
縛られていない。動ける。
「悪いな。あんまり動かれると、彩華の狙いが定まらなくなるからな。俺が来る直前まで縛らせてもらった」
鋼太の体からは血が
彩華に投げ飛ばされ、さらに悪鬼の攻撃を受け止めた負荷——ダメージは相当深い。
「さぁ! 早く逃げろ!」
だが、真一の足は動かなかった。
戦う力のない自分がいても、迷惑にしかならない。
それは分かっている。
——でも、自分のために戦ってくれる人を見捨てて逃げるなんて、できるわけがない。
「何をモタモタしている! 早く逃げっ——!」
ガキィィィンッ!!
——瞬間。
鋼太の剣が、悪鬼によって弾き飛ばされた。
鋼太の視線がブレる。
悪鬼は巨大な鎌を振り上げた。
——鋼太は完全な無防備。
このままでは、彼は死ぬ。
(……自分のせいで、鋼太さんが死ぬ)
(仲間の二人も、きっと悲しむ。……そんなのは、嫌だ!)
真一の脳裏に、今までの情報が駆け巡る。
悪鬼のこと、鋼太のこと、彩華のこと、武器のこと——
全てを総合し、瞬時に答えを導き出した。
それは——危険な賭けだった。
だが、迷いはない。
「こっちだ、化け物ぉぉぉぉ!」
——全力疾走。
悪鬼の視線が、真一に向く。
鎌を振り下ろそうとしていた腕が止まる。
(よし……こっちに来る!)
鋼太ではなく、真一を狙っている。
作戦は成功だ。
だが、まだ終わりじゃない。
真一はなおも走る。
しかし——その視線は後方ではなく、もっと上。
悪鬼のさらに上——暗闇に消えた、鋼太の剣を追う。
悪鬼の鎌が振り上げられる。
その刃が、真一を捕らえようとした——その瞬間。
「……今だ!」
真一は跳躍。
——手を、空へと伸ばす。
パシィッ!!
——鋼太の剣を、その手で掴んだ。
全て、計算通り。
弾かれた剣の軌道、落下地点、悪鬼の動き——全てを見極め、導き出した答え。
そして、次の瞬間。
真一は剣を構えた。
——真一は見ていた。
鋼太の戦いを。
手足の動かし方、重心の移動、剣の構え方、全て、記憶している。
「さぁ来い、化け物——ぶっ倒してやる!」
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