第7話 放て、堅牢剣!

 鋼太こうた彩華あやかは、物陰に潜んで背後から悪鬼の様子をうかがっていた。悪鬼は無数の足で草木を踏み荒らし、その鎌で建物を無差別に切り刻んでいる。目標もなく、ただ破壊活動を繰り返しているように見える悪鬼は、おそらくまだ鋼太たち二人に気づいていない。

 悪鬼が完全に二人に背を向けたその時、鋼太は彩華に指示を出す。

「彩華、いつも通りにいくぞ」

「OK。ド派手にやっちゃおう!」

二人は目で合図を送り合った後、鋼太は勢いよく飛び出して悪鬼の背中に飛び掛かる。


 鋼太はとても体格のいい男性だ。

 としは二十代半ば。身長は一九○センチメートルにも届くほどに高く、筋肉隆々とした手足はとても硬く太い。邪魔にならないように髪は短く刈られ、意志の強さを印象づける眉は太く、しかし美しく整えられている。

「うおおおおおおおおおおおおお!」

雄叫おたけびと共に、鋼太は大剣を振りかぶる。

 いくら悪鬼の目が悪いと言っても、流石にこの行動には気づかれてしまう。悪鬼は振り向き様に巨大な鎌で斬りかかった。


ガキィ! 


 金属同士が激しくぶつかり合う音が校舎に響く。その衝撃は空気を激しく振動させ、ビリビリと肌を刺すような痛みを与える。しかし、その衝撃を一番近くで受けていたはずの鋼太は、痛くもかゆくもないとばかりに微動だにせず、大剣をさらに力を込めて握りしめていた。鋼太はその剣で悪鬼の鎌による攻撃を払いのけ、勢いそのままに、剣で悪鬼の頭部をたたきつける。地響きと共に悪鬼は深く地面にめり込み、無数の足をバタバタと苦しそうにうごめかせる。

「彩華! 今だ!」

「わかってるぅ!」

鋼太の合図を聞いて、彩華が悪鬼に向かってむちを伸ばす。


 彩華はとても露出の多い服を着た細身の女性だ。

 歳は二十代前半。美しく描かれた眉に、長いまつ毛からのぞく鋭くも大きな瞳。目元のメイクはその瞳を際立たせ、唇には鮮やかな紅が引かれている。髪は赤く染められ、まるで水着のような服の上に緩く上着を羽織り、丈の短いショートパンツからはすらりとした長い足が伸びている。


 彩華の鞭はみるみる伸びていき、動けない悪鬼の周囲を取り囲むように旋回した後、悪鬼をきつく縛り上げた。


『グギャァァァァ!』


 苦悶の叫びを上げる悪鬼を尻目に、彩華は更に鞭をきつく縛る。

ギチギチ、バキバキ。縛る音と、悪鬼の甲殻こうかくが割れる音が交互に響く。

「一気に行くよぉぉ!」

彩華は鞭を担ぐように構え、走り出すと共に鞭を思い切り引っ張った。それにより、悪鬼は高速で地面を引きずられ、校庭の真ん中まで運ばれる。一体その細い手足のどこにそんな力があるのか、彩華は担いでいた鞭を正面に持ち直し、体をぐるぐると回転させ、鞭ごと悪鬼を振り回した。

「おりゃおりゃおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

ブンブンとくうを切る音を響かせて、悪鬼を高速で振り回す彩華。そして、鞭の締め付けは遠心力の影響で更にきつくなる。

 彩華はそのまま校舎の方にいる鋼太に目を向けると、彼はどっしりと構え、剣を握って立っていた。それを確認すると、彩華はニヤリと笑い、鋼太に向かって叫んだ。

「ハイ鋼太ぁぁぁぁ! ……パスッッッッ!」

掛け声と共に、彩華はハンマー投げの要領で思い切り悪鬼を投げ飛ばした。

 縛りつけられた質量の塊が、緩やかな放物線を描いて鋼太の元へ落ちてくる。鋼太はその軌道を正確に見極め、思い切り飛び上がる。鋼太の跳躍が最高到達点に達した時、丁度その目の前に来る悪鬼。飛来する悪鬼に対して、鋼太はさっとでるように剣を振る。


 すると、一切の反動を示すことなく悪鬼はその場で静止した。そして次の瞬間、鋼太の剣がまばゆいばかりの白銀の光を放った。光はまるで巨大な剣のような形になり、鋼太は握りしめたその剣を大きく振りかぶった。


「放て、堅牢剣けんろうけん!」


 叫び声と共に、鋼太は剣を悪鬼に叩きつける。

静止していた悪鬼は目にも止まらぬ速さで地面に叩きつけられ、その衝撃波は地面に巨大なクレーターを作る。

 鋼太はそのまま着地し、クレーターの中の悪鬼を見下ろした。

「ふぅ……一丁上がり、だな」

「やったねぇ! 鋼太ぁ!」

満足げに剣を肩に担ぐ鋼太に、彩華が遠くから手を振りながら声援を送る。


 校庭に出てからの彼らの様子を見ていた真一は、あんぐりと口を開けて呆然ぼうぜんとしていた。

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