「本と歴史」

今日は第三整備班の3ヵ月に一回の休暇日だった。僕は特に予定がなかったので、自宅に本を取りに行くことにした。

基地出口の門まで行くと、なぜかサナが待ち伏せをしていた。

「どこ行くの?」

「僕の家に・・・サエダさんの家に他の本を取りに行くんだ」

「私もついていっていい?」

サナが少し遠慮気味になって下を向く。

「え?別にいいけど。することないよ?」

「・・・暇だから本貸してほしい」

「・・いいよ。」

「やった!」

サナがパッと明るい顔をした。なんだかその変わり様がおもしろかった。

家に行く道で、歩きながらサナはどんな本が好きなんだろうと思った。

「・・・何の本が好きなの?」

「色々あるけど、リオ君に選んでもらいたいな」

なかなかに困る回答だった。

「・・・分かった頑張って選んでみる。」

「ありがとう」

しばらく歩くと茶色の三角屋根が見えてきた。サエダさんが副基地管理者だから家が基地に近いといつか言っていた。

「ここに住んでるの?」

「うん。サエダさんの家だけどね。」

「リ・・・いやなんでもないよ。結構大きくて綺麗だね」

サナは何か言いかけて言うのをやめた。基地の13から14歳には家を空爆によって失ったという人はかなり多いからだろう。

その事を察していうのをやめたんだと思う。

家に入って電気をつけると、サナをリビングに招いて椅子に座ってもらった。

僕はサナに水を出してほとんどの本が置いてある自室へ向かった。

「私はここで待ってる。楽しみにしてるね」

僕はまず自分用の本を適当に選び出して机の上に置いた。

サナの分はかなり悩んだ。

一冊目は『アフリカンマリーゴールドのように』。家から追い出された少年が森で力強く生きる物語だ。割と最近に書かれた本らしい。

と言っても、初版印刷は2533年になっているからかなり古いものだ。

書き方がとても上手で、読みやすく面白いので僕の一番好きな本。サナも気に入ってくれるといいけど・・・。

二冊目には『注文の多い料理店』。旧人類が遺した物凄く古い本だ。でも印刷は割と最近になっている。

最初は普通のストーリーなのだが、だんだんとおかしなことになって言って面白いのでサナの性格に合いそうだから選んでみた。

正直、他の人に本を勧めることはあまり得意ではないので、本当にこれでいいのかはかなり心配だ。

戻ってくるとサナは最初の姿勢を何一つ変えずに辺りを興味深そうにきょろきょろ見ていた。

「持ってきたよ」

「!」

「これとこれ。気に入ってくれるといいけど・・・」

「ありがとう!今日宿舎に帰ったら読んでみるね。」

サナは笑顔で喜んでくれた。まだ読んでいないので不安は残ったままだけど。

「・・・私が言うのも変だけどさ、行くところないしここでゆっくりしない?」

「うん、いいよ。」

「やった!」

サナは喜ぶとき小さな子供みたいに見える。多分凄く純粋なのだろう。

悪口ではないけど、その単純な性格が少しうらやましかった。

「暇だし、家の中歩きまわってみる?」

「いいの?見たい!」

僕はまず自室に案内した。

「すごい・・・本でいっぱいだ」

「父さんが戦争に入る前におじいさんからたくさん本をもらってたみたいで沢山あるんだ」

「全部読むのは難しいね・・・」

「一応全部読んでるけど、結構かかるよ。このご時世だし・・・」

「すごい読書家だね」

サナは本棚の分厚い「機械工学と歴史の歩み」の本を手に取って神妙な顔をしていた。どうやらそういう系統が苦手らしい。

「本ってすごいよね。なんでも教えてくれる」

次は「神とは何か」という哲学本を手にしている。ジャンルごとに整理しようかな・・・と、思わせた。

「昔の人はどんな本を読んでたんだろうって、読んでたら思うよ。」

「昔の人って?」

「旧人類の事だよ。知ってる?」

サナは少し考えて首を振る。

「僕の家でずーっと語り継がれてる話なんだけど、僕たちは一度滅んだ人類の複製から始まったんだって。」

僕がお父さんから聞いた世界の歴史はなぜかすごく脳裏に焼き付いてる。

旧人類は「ノアの箱舟」という建物を遺して一度滅んだ。

その建物は地下深くにあって、僕たちの祖先はそこにあった黒い石板から文明、文化、技術を広めたらしい。

今供給されている電気も旧人類が遺した発電所から電気が送られてきていて、その建物は発見当時でも動き続けていた。

そして、似たような建物が戦争の火種になった、と教えてもらった。

ソルベッチノ帝国がその地下施設を見つけて、超技術を一挙に握って大国になった。そう聞いている。

その建物には「サヘラントロプスの卵」と言う名前があって、父さんは

「その技術の墓場は今の世界に富と混沌をもたらした。多分、墓を荒らしたから神が怒ったんだと、父さんは考える。」

小さい頃の僕にはよくわからなかったけど、今になってみれば父さんは戦争が嫌いだったんだと思う。

「神話みたいな話だね」

僕はそのあと家の色んな所に案内した。サナは表情豊かだった。

やや日が暮れて来る頃に家を一周した。

「ありがとうね。楽しかった」

「うん、それならよかったよ。じゃあね。」

傾く夕日は少し寂しい色に感じた。

夜遅くにサエダさんが疲れた顔をして帰ってきた。

「はぁ・・・ただいま」

「おかえり」

「そういや今日は第三整備は休暇日か。しっかり休めよ。ふぁぁ~」

サエダさんが食器棚からグラスを出してキッチンの邪口をひねる。

「お?お客さん来たのか」

サナのグラスをかたずけ忘れていたことを思い出した。

「ああ、うん。サナが来た」

「あー。あいつか。元後方医療の」

「うん。本を貸したよ」

「まあ基地にはろくな娯楽が無いからな。」

「・・・サエダさんって戦争はいる前のこと知ってる?」

「知ってるには知ってるが覚えてるのはほんのちょっとだ。なにせ47にもなると記憶が薄れてくるんでね・・・」

「そりゃそうだろ。俺も156537歳だが、誰が召喚してくれたか覚えちゃいねえ。ちなみに156537歳は人間でいう49な。俺の方がちょっと年上って訳よ」

悪魔が急に自慢げに言ってきた。サエダさんと悪魔は何かちょっと似てるなと思った。

「まあ、今日はもう遅い。おやすみ」

「うん、おやすみ。」

自室に入ると悪魔がいた。本を漁っている

「おい少年、整理しろよ。歴史資料本の隣に哲学本はちょっとないわ」

「ああ、うん・・・」

「いくら世界が変わろうが14歳は14歳だな。まだまだ子供だ」

悪魔は珍しく落ち着いた感じだった。

いつもテンションが高そうなのに。

「明日整理するよ。今日はもう遅いし。」

「およ?何だこれ」

悪魔がライフルを持ち上げる。僕のお気に入りの銃、AMW-13だった。

「僕のお気に入りの銃だよ。」

「まァー!物騒な。13.2mmの対物ライフルかいな。」

「うん。護身用でもあるし、父さんが選んでくれたから大切なんだ」

「これが護身用ね・・・到底人間に使うような代物じゃないと思うんだが」

「まあ・・・離れてても当たれば体を両断できるぐらいには威力があるはずだよ。」

「イカれてるだろ・・・」

悪魔は眺めてみたり構えてみたりしていた。

「じゃあ僕は寝るよ。おやすみ。」

「・・・ああ」

眠り際に悪魔が「人間の方が悪魔してるなこれ・・・」と困惑気味に言ったのが聞こえた気がした。

「リオ起きろ。そして通信デバイスを見ろ」

2時ごろにサエダさんが大きな、震えるような声で僕を起こしてきた

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