「おしゃべりと現実」

疑問と不安と様々な感情を孕んだ雰囲気が流れ始める。

サナの本名はアドル・サナなのは知っているが、そのアドル家と悪魔に何の関係があるのだろうか。それに、『見える系』って何だろう?

「なんで、君に悪魔が・・・?」

「え」

悪魔は前に僕以外の人間には悪魔の姿は見えないと説明してくれた。

しかし、サナは悪魔が僕に憑いていることが分かっているらしい。

悪魔は面倒くさそうに頭を掻いている。

「あー・・・少年、説明が欲しいか。」

訳が分からない僕は頷くほか選択肢はなかった。

「・・・私が説明する・・・」

「あ、え、お、俺の出番・・・」

「私の家はもともと貴族だったらしいの。・・・ずーっと前の、昔の話だけど。」

サナが話してくれた話は昔お父さんの図書室にあった小説のような、普通じゃない話だった。

アドル家は祖先が呪術師で、稀に霊的な存在が見えるような子が生まれたらしい。それがサナ。

そしてアドル家は古代の国「ロシア」(現アーヴェッヒ帝国)の家系であったが、この大戦がはじまると同時に自国の軍の貯金箱になり、敵国から戦争資金の出どころとして狙われ、

サナのお母さんが敵国からサナを逃すために、ここイベレット共和国にサナを売り渡したという事だった。

サナはお母さんがどうなったかを知らず、あまりの幼さゆえに顔すら覚えていないが、サナを育てた婦人が10歳になったころぐらいに教えてくれたそうだ。

「で、俺はこいつと契約したわけ。」

「リオ君、離れて!!」

サナが尋常じゃない語気で叫ぶ。その場の空気が一気に凍り付き、僕はその場から動けなかった。

「止めろ俺は無理難題な条件を出す派じゃないんだ!むしろそういう魂を狩る前提で弄ぶ奴は嫌いだ!」

「・・・信じない。悪魔だもん」

「参ったなぁ・・・やめてくれよな偏見。嘘をつくのは長っ鼻人形と人間ぐらいだ。悪魔は約束をしっかり守るし嘘はつかない」

「長っ鼻人形ってピノキオ?」

「少年、わざわざ隠してるんだから言わない。」

「あっごめん・・・」

「・・・本当に無害?」

サナがさっきと違って困惑した顔で僕と悪魔を交互に見る。

「まあ、悪魔に害がある訳じゃないんだけどな・・・」

「良かった・・・私見ることはできても攻撃はできないから・・・」

「何だよ脅しやがって・・・」

「ねえ悪魔、何で僕にサナに気づいてないふりしてたの?」

「言われたら困るからだよ。アドル家は俺の故郷、酩酊街じゃ有名だからな」

「へえ・・・」

「・・・そういえばさ、悪魔って名前はあるの?ずっと聞いてないけど。」

「まあ、言ってもいいかな。ただし今まで通り『悪魔』で呼んでくれ。」

「なんで?」

悪魔が「それだけは聞かないで欲しかった」と言う顔でサナを見る。サナはすこし後悔した顔になった。

「・・・黙秘権!」

「なにそれ?」

「昔の法律あった『喋りたくないなら黙っててもいいぞ』って言う権利のことだ!」

「・・・悪魔なんか変」

「お、俺はいつも通りだ少年!」

「・・・恥ずかしいの?本名よび・・」

「あああああああああああああ!うるせえ何も聞いてねえ聞こえてねえいいな!?」

悪魔はこれでもかという大声と早口で僕の言葉をかき消そうとした。

「悪魔でも恥ずかしいとかあるんだね。」

「今ズタボロなのにさらにナイフを刺すバカなんていてたまるか。お前は悪魔か。」

「あっ、ごめん・・・私こういうのちょっと疎くて・・・。ホントごめんなさい」

「そう本気で謝られても困る。」

キュィィィィィィ...ドゴォォォン!!!!

滑走路の方向から大きな爆発音が聞こえた。僕とサナは条件反射で滑走路へと走った。

今日の朝送り出した最新鋭戦闘機一機が、滑走路から外れたところに横たわっていた。もくもくと煙を上げ、燃えていた。

「・・・・・・」

爆発音の後はほとんど無音に感じられた。

整備班全員で消火したが、皆の顔には絶望はなかった。日常茶飯事なんだ。

悪魔が皮肉を言うみたいに、そこで逃れられない現実をぶつけられた気がした。

僕は宿舎に戻ると、ベットでゴロゴロした後、寒いけど外に出た。宿舎裏に行ってゆっくり忘れようと思った。

宿舎裏に行くと、タバコの火が見えた。

多分、サエダさんだ。

「お、よおリオ。・・・やけに暗いじゃないか。どうした」

僕は気付かず暗い雰囲気をまとっていたらしい。サエダさんは僕の方を見ずに、タバコを咥えたまま星が光る寒い夜空を見ていた。

「・・・これが、戦争なんだって。」

「・・・そうか。」

「サエダさん、戦争って何で起きるんですか」

「・・・そうだな。戦争ってのは二つの異なる正義がぶつかり合うものだ。なぜかと聞かれたら、人間の性とか、有頂天になりすぎたが故に、とかだな。」

「・・・人間は愚かなんですね。」

「お前がそういう難しいことを言うようになったか。我が子ではないが成長を見られるのは嬉しいことだ。」

「僕、本で読んだんです。戦争のこと。ほとんどの本に人間は学ばない、愚かな生物だと書かれてて。」

「はは、そいつァ、その著者が愚かだな。人間以外も規模が違うだけですることは一緒だ。昔いた「イリン」って動物はな、長い首を生かしてメスの奪い合い喧嘩をしていた。もちろん他の動物もそうだ。「ヌコ」も4月頃にはメス争いをしていたらしい。人間のやる戦争は規模が違うだけで他の生物もやっているんだからな。」

「でも、人間以外の生物の争う目的はメス争いをですよね・・・?」

「あー。最終的には子孫反映に繋がる。回りくどいだけでな。」

「・・・」

「・・・でもまあ、戦争ってのは好ましいものではないよな。」

「・・・そうですね。」

そこから小一時間、宿舎の裏で動かない星空を見ていた。

サエダさんはそのあと、中央管理室に戻る。とだけ言って去っていった。

現実について考えることを投げ出したかった。

ただ、明かりのない基地の星空は本当に綺麗だった。

今日の夜は夢を見た。なんだか走馬灯みたいだった。

お父さんの書庫でいろんな本を読み漁った幼いころ。

僕の家が空襲に遭ってサエダさんに助けられた瞬間。

本のあらすじみたいに色んな記憶が流れていく。

悲しくないけど、寂しい。だけど嫌ではない感情が僕をやさしく包み込んだ。

起きると僕はちょっとだけ泣いていた。

「・・・どうしたの?元気ないね」

サナが何故か困ったような顔で話しかけてきた。

「何でもないよ。ちょっと夜遅かっただけだよ。」

サナは少し口を尖らせた後小さく「嘘つき」と言った。何でもお見通しと言った感じがした。

今日は一日中戦争のことについて考えていた。

戦争とは何か、何故起こるのか、何故起こったとしてもなかなか止まらないのか。

そして昨日のサエダさんの言葉の意味も考えた。

明確な答えは出なかったけど、何となく見えはした。

戦争は結局のところ防げないものなのかもしれない。人間の元々の習性だから。

人間は一人では生きていけない。だから団結して集団で生きる。

そしてその集団の中では不平不満が絶対に一つはある。完璧はないから。

その不平不満の感情が膨れ上がっていって、喧嘩になる。

戦争はそれがただ規模が拡大しただけのものなんだ。集団で生きる以上避けられないのかもしれない、そう思った。

「あーーーーー。考え事の邪魔するぞ。」

「!」

「お前相当難しいこと考えてるな?そのオーラ強すぎてこっちの頭が痛くなるんだが。」

「あっごめん。」

「でもお前また無意識のうちに考えるだろ?良いよこっちが答え教えてやる。俺は腐っても悪魔。この世界の創造に関わっているからな」

「・・・ありがとう。戦争が何で起きるか考えてたんだ。」

「そら頭痛くなるわ。人間にゃわかるはずもない問題だからな。何せ本能みたいなものだし。1+1が2になるのと一緒。」

「・・・そこまでは出てた。」

「うひょ~マジか!優秀な頭脳してるなーお前は。あらかた正解出してんじゃねえか。」

「でも、サエダさんの『異なる正義』がいまいち分からなくて・・・」

「簡単な話さ。お前の正しさは世界共通か?殺人鬼も同じ正しさを持っているか?人間以外の動物も。」

「・・・多分違う。」

僕は悪魔の言いたいことが何となくわかった気がした。

「それが『異なる正義』だ。話を戻すとその異なる正義の正しさがうまく合致せずに争いが起こるってこともある。これも理由の一つだな。」

「ありがとう。分かった」

「おうよ」

僕はときどき、色んな事について深く考えてしまう。

何かの本に書いてあった。人間の本能には知りたいという欲求があるらしい。

正に僕だな、と改めて思った。

その日は深い眠りだった。夢もなかった。

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