第8話

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男でない事に抗っていたかったから。トオルは視線を下げて、自身の髪を見る。伸びた黒い髪は、男になれない事を悟った自分が、性懲りもなくどんどん大人っぽくなっていくキヨラに憧れて伸ばしたものだ。……まあ髪が伸びたところで、印象はそう変わるものでもなかったのだけれど。寄り添いつつ、二人で歩きながら家へと向かう。


「でも、もし二人が本当に結婚したら、私たち姉妹になるんだよね」「えっ」急な話題変換に、トオルは驚きに声を上げる。心臓がきゅっと締め付けられたのは、気のせいではないだろう。「トオルちゃんが取られるのはちょっと寂しいけど、姉妹になれるのは嬉しいなぁ」えへへと、どこか恥ずかしそうに笑うキヨラに、トオルもは顔を俯けた。羞恥と嫉妬が綯い交ぜになって彼女の心を締め付ける。横目で彼女の背に乗る少年を盗み見れば、キヨラに似た顔をした少年は大人しく寝入っていた。整った顔つきをしているのを見るに、きっとキヨラと同じく学校の人気者なんだろうなぁ……なんて。「……この子も、早く素直になればいいのに」「キヨラちゃん?」「ううん。なんでも」ふるりと頭を振るキヨラにトオルは首を傾げる。……どうかしたのだろうか。更に問いかけようとして、キヨラが足を止める。慌てて同じように立ち止まって振り返れば、夕日が彼女を惜しげもなく照らしていた。「でもやっぱり、トオルちゃんには沢山幸せになって欲しいなぁ」「……えっ」「だって私の一番の友達だもん」——夕日の下。心底嬉しそうにはにかむ彼女に、トオルは頬が赤くなる。次いで込み上げてくる感情に、トオルは笑みを浮かべた。……その感情が一種の『寂しさ』であることを、トオルは既に知っていたから。

どこからか聞こえる子供たちの声を背景に、二人は夕暮れの街中を再び歩き出した。


——タカラは驚くほどよく眠る子だった。それは一族全員が心底驚くほど。これは遺伝ではなかった。しかし、その原因と言えば、“疲労”が常であり。タカラは寝ることで自身の回復を補っているのだと、医者は言っていた。匕背家の支えがない彼は、人一倍気を張っている事が多いのだろう。仕方ないといえば、仕方ないのだけれど、周囲の人間はやはり心配になってしまう。そんな心配も裏腹に、起きたタカラはすっきりとした様子で起き上がっては、いつもの日常へと戻っていくのだった。


——目が覚めたら家だった。……なんて小説の冒頭になりそうな現実を目の前に、タカラはため息を吐いた。

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