第7話
007
「キヨラちゃんがバイト先で急に倒れたって聞いたから、私の家に運ばれていると思って」「……そうかよ」——俺の心配じゃねーのか。不意に込み上げてくる感情に、舌打ちを零す。ああくそっ。何もかもが腹立つ。どんどんと沈んでいく意識の中でそう呟きつつ、タカラは気を失うように眠りに入った。
すぅ、と小さな寝息が聞こえる。その声に振り返れば、ぼんやりとした視界の中で気持ちよさそうに寝ている男児の顔がみえた。その顔に思わずため息を吐く。「なんで私がこんな事……」
——きっかけは突然だった。目の前で忌々しい少年と会話していたのに、急に倒れ込む様に寝てしまったのだ。反射的に体が動いたのは言うまでもない。本当ならば放置していきたかったのだが、流石にキヨラの弟ともなれば放っておくわけにもいかず。悩みに悩んだ結果、ここまで背負ってきてしまったのだ。……早く下ろして「トオルちゃん!」「あ、キヨラちゃんっ」パタパタと走ってこちらへと向かってくる人影に呼びかけられ、顔を上げる。そこには撮影で忙しいはずのキヨラが、こちらに向かって走って来ていた。どうやらタカラが心配で慌てて来たらしい。家族思いなところも流石キヨラである。私には絶対にわからないけれど。
「タカラは?」「大丈夫。寝てるだけだよ」「そっか。よかった……」背中で寝ているタカラを見せれば、ホッと安堵したように肩を落とすキヨラ。そのまま差し出される手に首を傾げれば、困ったように微笑まれた。「危ないでしょ?
代わるわよ」「えっ、でもキヨラちゃん、仕事終わりで疲れてるでしょ?」「ううん。今日はそんなに疲れてないから。ね?」「……それじゃあ、お願いしようかな」このまま自分が運んで、転んでしまっても困るし。タカラをキヨラへと渡しつつ、トオルは二人の荷物を持った。ランドセルなんて何時ぶりだろうか。何だか懐かしい。
「ふふっ」「どうしたの?」「ううん。こうやって二人で帰るの、久々だなあって思って」「そういえば、そうかも」上機嫌に微笑むキヨラの姿に、顔が熱くなる。……確かに、高校生からモデルとして活動している彼女は、年を増すごとにどんどん忙しくなっていった。そう考えると、こうして帰るのはかなり久しぶりかもしれない。
ドキドキとうるさい心臓を抑えつつ、笑みを浮かべる。……何年経っても、彼女の微笑みは慣れないなぁ。「あの時はトオルちゃんも髪短かったよね」「……うん」その時はまだ、キヨラの許嫁になれなかった事に引け目を感じていたから。
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