第3話

003

「もう……これだから嫌だって言ったのに」が、聞こえたトオルの文句にタカラは大声を上げ、直ぐに駆け上がって来た母に怒られることになった。


「……」「……」母の怒号が終わり、沈黙が落ちる。もう勉強どころの話ではなかった。タカラはガリガリと算数のドリルを解きながら、ちらりとトオルを盗み見る。……姉のキヨラを意識しているのか、彼女に似合っていない。姉とお揃いだとかいう髪飾りも、背伸びしたメイクも似合っていない。それが余計イラつく。タカラは自分のイライラを抑えるように大きくため息を吐くと、頬杖を付いた。——タカラは、匕背トオルが苦手だった。何が苦手なのかも、どこが気に食わないのかもわからない。ただ彼女を見ているとイライラが止まらなくなってしまう。顔を見るだけでもそれが起きるのだから、生まれる前から合わないのかもしれない。自分の方がよっぽど年下だけれど。


「……こんなやつが許嫁だなんて、ほんとクソ」「同感」問題文を片手に、悪態吐く。即座に返された言葉に更に苛立ちを感じ、タカラは鉛筆に力を込めた。バキッと音がして芯が折れる。本当に、こんな年上のババアと許嫁なんて、周りの大人たちはどうかしている。


トオルの家——匕背家とは、昔ながらの関係であるらしい。まだ小学生である自分にはよくわからないが、姉と両親が頻繁に言ってくるのだから、きっとそうなのだろう。話によれば悪者退治の力を持つ紀眞家をサポートしているのだとか言うけど、その力を持つのは女児だけ。つまり、男である自分には全く関係ないのだ。そのはずなのに。「なんで許嫁なんか決められなきゃなんねーんだよ」憎たらし気に呟いたって、この家じゃ誰にも聞いてもらえないのはもうわかっていることだった。だって許嫁であることは、当然の事なのだから。はあ、とため息を吐いて、タカラは腰を上げた。そろそろ夕食に呼ばれる頃だろう。「ぜってぇ結婚なんかしてやんねぇッ!」

紀眞タカラは、生まれながら“耳”がよかった。通常の人が聞き取れない音を聞き取る事が出来る耳の良さは、紀眞家の遺伝的な能力である。それを生かし、悪者である『妄執』を退治することを生業としているのだが——しかし、良すぎるというのは同時に、自分たちにとって毒にもなり得ることでもあった。耳がいい故に聞き取らなくてもいい言葉や音を聞き取ってしまったり、それが彼女たちの体調に害するものである場合、戦うどころの話ではない。それを補佐する為に紀眞家と手を組んでいるのが、匕背家だった。とはいえ、彼等も普通ではない。

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