第7話 船出

07 船出


冬が終わり、雪解けが進むころ、山口先生が旅立った。

俺は、駅で泣きながら先生を見送った、先生の家族もみんな泣いていた。

結局のところ、俺が描いたスケジュールをこなすにはどれほどの日数がかかるか不明であったため、とにかく米国へ旅立つことになったのだ、まあ、一年は帰ってくるまいがな。


先生から家族のフォローを頼まれたが、もちろん不自由な真似はさせない。

それから、資金が不足したら、どんどん手紙で知らせるようにお願いしておいた。

先生はそうして、汽車で横浜へむかって出発した、ちなみにどのような路線かは知らないがな。


送り出した本人が言うのもなんだが、やはり別れは残された者のほうがつらい。

涙で前が見えなくなったのは、秘密だ。(皆がみていました。)


だが、敢えて言おう!あなたのことは一生忘れない!そして、必要な犠牲なのである!と

九十九は心の中で叫んだのである、7歳の早春のことである。


1898年、明治31年春

こうして、つらい別れの後は、俺が入学式を迎えることになった。

入学式には、五十六兄が付き添ってくれた、何分父母は、かなりの高齢である。

坂の上尋常小学校、兄が通った同じ小学校である。


収納スキルに慣れ切った俺は、風呂敷包みに苦労しながら、登校することになる。


やはり、入学生の中で、俺は頭二つ以上とびぬけて、背が一番高かった。

学年でいえば3,4年でも十分通用するくらいの高さである。


式を終えて、クラスに入ると、名前を呼ばれ、自己紹介すると

「お前、五十六と全然似てないな」兄を教えたこともあるらしい担任から声がかけられた。

もちろん、俺もそんなことは自覚している。

そもそも、本当に、同じ血を継いでいるのか?

その疑問は生まれたころから常々思い続けたものである、全然、似ていないのだ。

そもそも、高齢の母が俺を生むことができたのか?

そもそも、父母はそのようなことをいたしたのか?

次々と疑問が湧きあがったのだが、真相は闇の中である。

「そうですか?僕はよく似ていると思っていますが」しれっと言い切る俺。

だが、まったく似ていないのは厳然とした事実であった。

俺は黒というより茶髪に近く、目は二重、鼻筋も通っていて高い。

いわゆる優男系のイケメンに近い、洋服を着て、英語を話せば、そのまま英国人と言い切っても相手は信じそうな顔の作りなのだ。


「お前の兄はよくできた、お前もがんばるようにな」

「はい先生」しかし、後に海軍兵学校に進学する兄は、この時神童と呼ばれていたほど頭が良かったのである。俺はどうか?まあ、勿論、海軍兵学校に行くのだから良い筈である。


そうして、初登校が終わる。

校門をでたところで声がかけられるのだ。


「おい、お前、いい気になるなよ」

別のクラスの同じく新入生である、洟垂れながら、いかにもガキ大将という雰囲気が漂っている。

別地区の子供も当然に来ているため、別地区のガキ大将の一人であろうか。

そもそも、あまり同じ世代との交流がない俺だった。

ずっと狩猟生活を行ってきた弊害である。


「話がおありなら、そちらの空き地でお聞きしましょう」と優雅に返事をする俺。


空き地にやってくると、ガキ大将の取り巻きが俺を囲うように位置取りをする。

「話し合いではないのですね」

「お前むかつくわ」とガキ大将

しかし、頭一つ小さい。


自分より小さいガキ大将に言われても何も感じないのだがな。

「名前だけは聞いておこうか」

「2組の佐藤だ」この時代の子供が何をして過ごすのか、やたら喧嘩でもしているのか?

なんの抵抗もなく鉄拳が飛んでくる、この世界は大丈夫なのでしょう?お父さん!


ハエが止まるようなパンチを交わして、その腕を取って投げる。

本当は腕を極めて折り、そこに頭の後頭部に蹴りを入れるところだが、死んではまずいので投げだけにしておく。しかも受け身を取れるように、やさしい柔道の投げである。


「ぐへ」

ガキ大将は意識を失う!

弱わ!

佐藤の襟首をつかみ、顔を軽くはたいて声をかける。

なんとなく意識を取り戻した佐藤。

「佐藤、弱すぎだな」


「おいお前ら、こいつを家まで送り届けろよ」


まだ、茫然と座っている、佐藤を尻目に、俺は子分らに声をかけて、その場をあとにすることなった。


こんな弱さでは、米兵と戦うことができない、徹底的に戦闘訓練する必要がある。

そんな決意を俺は胸に抱いたのだった。


次の日の学校の終わりには、佐藤の兄たちが待ち受けてくれていた、同じ小学校の4年生にいたらしい。

麗しの兄弟愛という奴である。


しかし、悲しいかな、修羅のように、狩猟生活を続けてきた俺にかなうわけもない。

同じように、鎧袖一触、佐藤兄は撃沈した。

そもそも、同じ集落の子供たちは、俺を自分たちと違う種類の生物と認識しているで、俺は同世代に友達がいない、ということに気付かない俺だった。(異様過ぎて声をかけられなかったのである。)


こうなると、ガキ大将界を揺るがす事態の発生である。

そもそも、このころは、年上のほうが圧倒的に有利なのであり、年下は年上に基本逆らわないし、逆らえないものなのだ。

もちろん、俺がさかっらたわけではないのだがな。


次の日廊下を上級生が走ってくる。

「おい、高野、高野はいないか?」どこかでみたことのある少年が教室で叫ぶ。


「はい、高野であります」


「おー、お前あの時の」

それで思い出したが、彼は山口はじめの弟であった。

「山口先生の弟さん」


「おお、そうだ、兄がお世話になりました」慌てているにもかかわらず、弟は礼儀正しく頭を下げた。


「いえいえ、こちらこそお世話になりました」こちらも答礼を行う。

「そうじゃなくて。すぐに、裏門から逃げろ、表にここらの地区の番長らが来ている、お前を探しているらしい」

どうやら、その情報を聞きつけて、知らせに来てくれたらしい。

「番長ですか」さすがにそれは反則であろう、こちらは小学1年生なのだがな。


「わかりました、山口さんありがとうございます」

「裏から逃げよう」山口は一緒に行ってくれるつもりのようだ、心根の優しい子である。

「山口先輩一緒に行ってもらう必要はありません」

「一人だけでにげきれるのか?」山口は心配そうな顔つきである。


「逃げはしませんが、大丈夫です、一人で何とかできますので」

「何言ってる、ここいら界隈で有名な奴なんだぞ」

「なるほど、ここらを仕切っている奴なのですね」

「俺の同級生がそう言ってた」


「なるほど、まさに番長ですね、興味がわきました、では、知らせていただきありがとうございました、累が及ぶといけません、先輩は気になさらず、お帰りください」と俺。


「お前何言ってんの」

山口は、怒ったように自分が何とか助けてやろうと考えていたようだ、正義感が強いのは悪いことではない。

「では、一緒にお願いしても?」

「え?」顔色が悪くなる

「大丈夫です、先輩には、見届け人をお願いします」

「お前、20人はいるぞ、小学1年生相手におかしいとは思うんだが、先生に言いつけたほうがいいかもしれん」

「先輩、大丈夫です、彼らには彼らの使い方があると思います、有効に使わせていただきますよ」と俺。山口が引くほど黒い笑顔の小学一年生がそこに佇んでいた。



近くの空き地

相手方を一目見たが、暴れ者そのものという感がすごい、絵ずらだけで、こうもはっきり雰囲気がわかるなんて、あるいみすごいことだ。と感心しきりの俺。

漫画だな。


開口一番、俺が宣言する。

「一つ確認しておきたいのだが、彼は、見届け人だ、手は出さないように願いたい」

まず俺がこう切り出す、まるでこれからバトルロイヤルが行われそうな感じだが、別にそういう気はない。


「お前が、舎弟しゃていの佐藤をやったって聞いている」

番長らしい男がいう。

「ここら辺の番長さんですか?」

年の頃なら中学生くらいかの男がうなずく。

この時代、中学生というのは、珍しいのだ。

「ここら辺を仕切っている、歯向かうやつは容赦しない」

「いやいや、こちらはなにも歯向かってなどいませんよ」


「佐藤は俺の舎弟だ、お前をやる」


「問答無用ですか?それとも思考力が無いのですか?」

目の前の男は獰猛な顔を摺り寄せてくる。


「少しだけ話を聞いてもらっていいですか」

「お前は許さん」


まったく人の言うことを聞く気がないようだ。

この時代の人間は大丈夫なのか?


日本の外交がだめなのは、このせいなのかもしれない

いや、違うか。(違います、これくらい訳もわからず言い張れば、相手もいうことを聞いてくれるかもしれませんが。)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る