第6話 逆転

06 逆転


越後の冬は雪が深い。

残念ながら、俺と先生は、冬の間は猟を取りやめるしかない。

俺は、家の手伝いのわらじ編みをやるしかなかった。


先生は、きっと毛皮をなめしているに違いない。


俺は、先生にスキル無限収納について話をし、中の獲物の皮をはいでもらった。

「どうりで、近ごろ獲物が減ったと思っていたんだ、お前のせいだったのか」

かなりの数のイノシシやシカが入っていた。


皮も肉も売ればいくばくかの金になるという、その金で、銃を新調したいと思っていた。


先生の誕生日は一月一日とのことで、その日だけは、俺は先生の家に、酒を2本とどけに行ってきた。

ゆえに、はじめらしい。

もちろん、普通の子供が真冬に外に出てはいけない、背丈よりも高い雪が積もっているのである。

俺は、ラッセルしながら山口の家を訪れたのだが、山口は声も出せないほどよろこんでくれたことをここに記しておく。


開けて春。

俺たちは、また、あの沢で邂逅した。

俺は6歳である、来年からは小学校である。

「先生、お久し振りです」

「おお、九十九つくも、正月はすまなかったな」


「ところで、先生は学校には通ったんですか?」

「いや、下の弟たちは通っているがな、うちは貧乏だから、俺はいったことはないな」

「そうですか、では、私がお教えしましょう、明日からは弟さんの使っていた教科書を持ってきてください」

「いや、お前まだ学校には行ってないだろ」

「俺はある程度の知識がありますので、読み書きそろばん、英語などは十分お教えできると思いますよ」

「英語だと?」

「ええ、先生、英語は非常に重要です、僕は先生に英語をマスターしてもらって外国で活躍していただきたいと考えています」


・・・・・

それから半年以上、雪が降るまでの間、俺たちは学問と狩りを堪能した。

特に、新調した銃を撃ちまくった、といった方が正しいのかもしれないが。


知識を得ることで、山口一の行動の仕方、言動、風貌などが明らかにあか抜けていった。

今では、あのぬぼーっとしたところはかけらもなくなり、熊の化身のような男が鋭い知性を感じさせる男前の顔になっていたのである。


「お前のおかげで、世界が開けたようだ、学問はやはり大切だな」と山口。

「先生、まだ英語が残っていますよ、ところで、先生のことなんですが、僕は春から、小学校に通わなくてはならないので、先生と一緒に勉強や狩りはできません、ですので、先生は外国に行って、実地で勉強してきて頂いたらと思うのですがどうですか?」と俺。


「なんだと!」山口は心から驚いている。

「やはり、外国語は外国人から習うのが良いと思うのです、それに、これからは外国知識や文化などに精通しておいたほうが都合がいいと思うんですよ、主に僕の都合ですが」


「とんでもないこと言いやがる、どれだけ金が要ると思っている、今までやってきた食肉卸や皮の販売の金なんかじゃ、とても足りないんだぞ」

「わかってますよ」と俺。

「俺が働かないと山口の家もくるしいしな」山口は一家の大黒柱であった。


「先生、お金はありますよ、使命を遂行する上で必要になると思っていたので、ある程度いただいてきましたから、先生も知っている収納ボックスの中にお金も入っています、ただ、僕が必要と考えている金額にはとても足りませんがね。ですが、一人を海外へいかせるぐらいはわけはありません、今後のことも考えて先生には是非海外に慣れておいていただきたいと思っています、ご実家の暮らしを支えるくらいのお金も勿論大丈夫ですよ」と俺。


「だが、海国ってとてつもなく大金がいると思うぞ、想像できんがな」と山口は青ざめている。

「先生一万円渡しますから、ガンガン海外を吸収してきてくださいよ」と俺。


「一万円!」山口の顔からさらに血の気が引く、この時代は、月給50円程度の時代なのでである。月給の200倍の金額となる。

一万円は、とてつもない大金である。


「じゃあ先生、春になったらということで、旅の準備のほうをお願いします」

「う」


ちらちらと、雪が舞い始める。

もう季節は冬まじか、今年の猟もここまでか。

越後の冬は雪が深いのだ。猟も本格的な冬の中ではすることはしない。


・・・・・

山口の視点


とんでもないことをまたしても言われてしまった。

この春からはなぜか読み書きそろばんを教えられた、字も書けるようになったし、本も読めるようになった、そろばんもかなり上達し、計算もだいぶできるようになった。


今まで、知らなかったことだが、知識を持つと世界が違って見えてくるのだ。

長岡は田舎だが、東京にはそれは多くの人間が住んでいるということだ。(実際は、新潟県のほうが人口は多かったのだが、主に米の生産力で100万人を維持することができたからである。)

九十九は俺の名前で、東京から高価な本を買ったりして読んでいる、銃も新調し、撃ちまくっている、弾は俺が作らされているが・・・。


俺はこの期間の生活で大きな満足感を得ていた、知識は得れば得るほどに人間を変えていくものなのだ、今までの人生で最も充実した半年間だった、もうすぐ冬が来て、また、数か月は九十九に教えてもらえない、残念だと感じていた。

しかし、冬の間に九十九の本を借りて読もうと考えていたのだ。


しかしである、そんなとき、九十九の口から大変な爆弾が落とされる。

「ところで、先生そのことなんですが、僕は春から、小学校に通わなくてはならないので、先生と一緒に勉強や狩りはできません、なので、先生は、外国に行ってきて実地に勉強してきた頂いたらと思うのですが?」

「なんだと!」


学校にいけない貧しい人間のいる中で、海外で勉強してこいとか、こいつはおかしくなってしまったのか?一体どこの金持ちがそんな道楽をするというのか?金持ちならそんな危険は犯さないのではないだろうか。


もちろん、現在でも海外留学は大きな出来事であるが、明治という時代では、一大事業である。

さらに言うと、山口家も高野家もどちらかというと、貧乏な方であろう。というか、裕福な家がはるかに少ないという時代でもあったのだ。


「先生一万円渡しますから、ガンガン海外を吸収してきてください」

「一万円!」


見たこともない、10円札が1000枚、ちゃんと計算できるようになったぜ。

じゃねえ!一万円だとこいついかれやがった、俺たちがなんでこんなに必死になって狩りをやり、皮をなめし、肉を売っていたと思ってやがる、金がないからだろ!


「いえいえ、先生、肉は自分たちが食べるためですよ、多くとったのは、単に多く取れたに過ぎない、もったいないから、有効利用させてもらったにすぎません」と九十九は軽く言い放ったのだ。


「え?」


「先生、日本人は体が西洋人より小さいのです、簡単に言うと食生活が貧しいからなのです、そこで、私たちは肉を多く食べることが必要でした、そのために狩りを多用したのです」


改めて見直すと、九十九は同じ年のころの自分よりはるかに大きく体格も優れていることに気づいた。


「本当は牧畜で食用肉を大量に生産したいところですが、さすがに無理でしたからね」と笑顔の少年、何か異次元の感がある。


「おかげで、僕や五十六いそろく兄はおおきくなれたと思います、まあ、まだ成長期はこれからですから、もっと食べますけどね」

そういえば、うちの下の弟たちも育ちがよくなったように思える。

こいつは一体何を見ているのか。


「そんなことのために」

「先生、何言ってるんですか!体格は重要ですよ、戦闘でも体の大きいほうが優位に立てるんですよ」いつもニコニコしている九十九がむっとしている。その表情は年相応であった。


「先生、それに、背が高いほうがやっぱり恰好いいじゃないですか?先生は、自分が大きいと思っているかもしれませんが、西洋に行けば、自ずとわかりますよ、向こうの人間はもっと大きいですからね」


「そうなのか?」

「そうですよ」

しかし、こいつ食生活とか!目の付けどころが一般人とは違う、やはり使命を受けただけあって、違うのだろうか?(明かに違います。)


「先生、まず船で、ハワイへ行ってくっださい、ハワイの現況を確認してください、できれば協力者を作ってくださいね」とこともなげな様子の九十九。


それから、九十九が旅行の目的や学ぶべきことなどを説明してくれた

とにかく、ハワイ、合衆国西部、東部へ移動、それから英国へ移動、ヨーロッパ上陸、フランス、ドイツ、スウェーデン、ロシア、鉄道にてウラジオストク、中国、朝鮮を経て日本に帰国するという遠大な方針が示される、明らかに世界一周コースじゃないか?


その間に主要都市を訪問し、人脈作りをして、海外の科学技術と言語を学べだと!

無茶言うな!何年かかるかわからんだろうが。(この計画は数年後に変更されることになる。)


「じゃあ先生、春になったらということで、旅の準備のほうをお願いします」

九十九はわけもなく、札束を取り出した10円の束を10個こともなげに手渡してきた。


「先生、でも物価のことがよくわからないし、人脈作りもあるので、もう一万くらい渡しときますね、あと、協力者は金で釣ってくれたらいいですからね」と黒いことを平気で言う子供がシュールであった。


圧倒的な札束の力、俺は誰もいないのに、周囲を何回も見まわさなければ落ち着かなくなっていた。

「九十九、この金額って持ち逃げしたら、遊んでくらせるんじゃねえか?」

「先生、確かにそうかもしれません、それでもいいですよ、海外にいて、必要な時に協力さえしてくれたら」とこともなげに語る少年。

少し寂しそうな顔をさせたかな。

「馬鹿野郎、そんなことするわけなかろう、俺たちは、来るべき戦いに勝つために頑張るに決まっている」


「先生、勘違いなさらずに、僕らの使命は戦争に勝つことではありません、原爆の投下阻止ですからね」

「うん?」

「先生、条件はしっかりと把握しておかないと、条件を達成することはできません、僕が女神から指示されたのは原爆投下の阻止です、戦争に勝てといわれていませんから」

「なに」

「逆にいうと、戦争に勝っても、原爆を投下されてしまえば、条件達成失敗ということですよ」

ニヤリとほほ笑む悪い顔の子供がそこにいた。

なんだかとても悪いことを考えていそうである。


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