第4話

 ーパスッ

 綺麗な弧を描いて、バスケットボールがゴールに入る。


 「あー、やってらんねえー!」

 男子生徒が、コートに座り込んだ。

 「さっきからさー、レオとリュウしかゴール決めてねえじゃん。もう二人でやれよー。」


 「いや、俺は…」

 ボールを持ったまま、レオは困り果てて曖昧に笑った。

 ある程度人付き合いをしておかなければというくらいの気持ちで、放課後の遊びに加わっていたのに、目立って反感を買うなど、本末転倒だ。


 「逃げんのかよ?」

 帰ろうと思ったレオを止めたのは、リュウだった。


 「…なんだと?」

 「勝てる自信が無いなら、敵前逃亡すればいい。」

 「…」

 「違うって言うなら、コートに上がれよ。」

 「…俺も少しお前に、思い知らせておかなければいけないと思っていた所だ。来いよ。」


 ボールの奪い合いが続き、リュウが先制点を入れた。

 「何を思い知らせるって?」

 口の端を上げて、リュウが笑ってレオを見る。


 「…昨日の事だ。」

 「昨日?」

 「昨日、バスルームでアオと二人きりで何をやってたんだ?」

 「あ?ああ。ははっ。」

 リュウはさも可笑しそうに、レオに嘲るような視線をくれて、笑った。

 「気になる?」

 リュウがレオの耳元に口を寄せ囁く。

 レオが、眉根を寄せ厳しい目でリュウを睨む。

 「おお。怖い。そんな顔すんなよ。本当、アオの事となると、余裕ないよな、お前。言った通りだ。別に何もしてねえよ。まだ、な?」

 「…」

 「それとも、何か?俺が羨ましかった?裸でアオと二人きりになって。お前もやりゃあいいだろ。同じ家に住んでんだし。ああ、そうか。自信が無いのか。」

 リュウは喉で嘲笑うと、バスケットボールを手に取った。

 「さ、そろそろやるぞ。」


 「誰が自信が無いって?」

 その直後、ギャラリーから黄色い声が上がる。

 レオが、シャツを脱ぎ捨て、上半身を顕にしていた。

 「お前…」

 あんなに目立つのを嫌っていたレオが。

 リュウは舌打ちした。


 「自信が無いのはお前の方じゃないのか?」

 レオが泰然として、リュウを見据える。

 リュウは奥歯を噛み締めた。

 負けている。

 何もかも。

 だが。

 またもや、ギャラリーから黄色い声が上がった。


 「へえ…」

 リュウがシャツを脱ぐのを見て、レオがさも意外そうに、片眉を上げる。


 リュウは、内心臍を噛む。

 自分がそれなりに優れているのは分かっているが、レオには、今一歩及ばない。

 何より腹が立つのは。


 レオが俺を歯牙にもかけないことだ。


 リュウはバスケットボールを操り、レオを睨む。

 レオの余裕綽々な顔を突き崩してやりたい。

 レオの弱みなど…

 「アオを俺に取られたら悔しい?」

 「ー!」

 レオが動揺して、ボールを取り落とす。

 他愛もない。

 リュウはボールを奪い、嘲笑う。

 「もし…もしも、アオがリュウを選ぶっていうなら、俺は…」

 「大人しく身を引くって?」

 「大人しく出来るかどうか分からない。だが、俺はアオの幸せを…」

 「お前、温いんだよ。」

 右へ左へ、ディフェンスをかいくぐりながら、相手を見据える。

 「女なんて、すぐ流される。一回やっちまえば、案外絆されるかもしれないぜ?」

 リュウは一瞬レオの姿を見失った。

 次の瞬間には、レオがゴールを決めていた。

 バスケットボールが転がり、ギャラリーから声援が起こる。


 「そんなことをしてみろ。俺は絶対にお前を許さない。」

 レオは目を細めリュウを見遣り、シャツを拾って肩にかけると踵を返した。


 リュウは、声を上げて笑い出したい気分だった。

 だが、ここはギャラリーが多すぎる。

 リュウもシャツを拾い上げると、何でもない振りをしてその場を去った。

 卒無くこなすのは、もう慣れた。

 だが、レオのことを思うと、心のざわめきが収まらない。

 人気の無い水場まで来ると、頭から水を被った。

 少しでも頭を冷やさないと、平静で居られない。


 「リュウ?」

 誰にも会いたくないと思っていたのに、選りに選って。


 「アオ…」

 

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