人類との邂逅なんですが、何か?

 お姉さんたちとの感動の再会(半日振り)を果たしたボクは、先ほどからずっとお姉さんに抱きしめられている。

 

 あのさぁ、初めて出会ったときからずっと思っていたんだけど……お姉さん、ちょっと軽率にスキンシップを取りすぎじゃない? そんなことばかりしていたら、ボクみたいな単純な生き物はおかしな方向に勘違いしちゃうかもしれないよ?

 まあ、幼女と化した今のボクでは、劣情よりも安心感が勝ってしまうんだけどね。ボクの内なる男のさが、一体何処へ旅立ってしまったんだろうか。そろそろ帰っておいでよ。


 などと冗談半分に思いつつ、反面、なんだかんだでお姉さんたちの側にいられること自体は嬉しくて仕方がなかったりもする。変な意味ではなく、自分でも驚くぐらい割と純粋に。だってさ、人の温もりって良いものだよ? 正確にはエルフの温もり、だけど。どっちでもいいよね、そんなの。


 ただし現状に限って言えば、ボクの身体をお姉さんの腕から解放してほしいという気持ちの方が強い。何故なら、ボクの興味は自身の背後……つまり、お姉さんの視線の先にいる、エルフではない何者かに向いているから。


 駆け寄ってきたお姉さんに抱きしめられて今のような状況に陥る直前、ボクはその存在を確かに目にした。それは、耳の尖っていない黒髪の女の子。この世界で初めて遭遇する、人間同族の姿だった。


 いや~、まずはこの出会いに乾杯したい!

 何日経ってもエルフ以外の生物を全く見掛けないから、人間という種そのものが存在しない世界である可能性も覚悟し始めていたものでね。


 とは言え、正直なところ、彼女の恰好には度肝を抜かれちゃったね。まさかこの世界で最初に知り合う同族が、被虐嗜好マゾヒズムを全開にした格好で現れるとは……。そんな特殊なシチュエーションまでは、ボクといえども想像が及ばなかった。

 だけど、それが個人の趣味である以上、他人に迷惑でもかけない限りは否定されるべきじゃない。ボクは多様性を重んじる時代からやって来た現代人なのだ。たとえ初対面の相手が全身を縄で縛り、口枷付きの状態で佇んでいたとしても、ボクはその在り方を蔑んだりなんてしない。

 まあさすがに、この世界の人間が全員こんな感じなんだとしたら、精神的に辛いけど。それはいくらなんでも……あり得ないよね?


 あっ、ちょっと待って。

 よくよく考えたら、この場には純情無垢を体現したかのような存在、本物の幼女が混ざっているじゃないか。そうなると話は変わってくる。幼女の目の前でその格好はいろいろマズいって。そんなセンシティブな格好を幼女に晒すのは、教育上まったく宜しくない。

 そんなわけで、せめて衣服くらいは着てくださいな。いや、そういえば衣服は普通に着ていたんだっけ。その上から縄で縛っているだけで。

 えっと……それじゃあ、とりあえず口枷は外しておこう! ね?


 ずっとお姉さんに抱きしめられている所為で、ボクは黒髪の女の子がいる方向へ顔を向けることができない。それを良いことに、ボクは少しばかり思考を暴走させていた。後で、失礼なことばかり好き勝手に考えちゃってごめんなさい、と謝罪せねば。


 ところで話は変わるんだけど……同族ということはワンチャン言葉が通じる相手かもしれないんだよね。現状、ボクを放置して繰り広げられている会話の中では、ちっとも聞き取れない異世界の言語が飛び交っているけれど。それでも、彼女と直接言葉を交わすまでは希望を捨てたくない。今はお姉さんたちエルフと言葉を交わしているから、まだ人間としての言語を使っていないだけかもしれないし。諦めるにはまだまだ早いでしょ。

 都合良く日本語が通じるとまではさすがに思っていないけれど、英語とかドイツ語とか、多少なり理解できる言語が飛び出す可能性は十分にある。西洋人っぽい顔つきだしね。というか、いい加減そのくらいのご都合主義は許してほしいものだ。




 そんなことを考えているうちに、お姉さんたちと黒髪の女の子の会話に区切りがついたらしい。何故か先ほどの会話にあの幼女まで加わっていた気もするけど……まあ、気のせいだろう。幼女は所詮幼女だし。

 区切りがついたことにより、張り詰めていたお姉さんの気が緩んだようで、ボクをギュッと抱きしめていた白い腕からも自然に力が抜けていく。当然、ボクはその機会を逃さない。お姉さんの腕の隙間からするりと抜け出し、お目当ての黒髪の女の子がいる方へテクテクと駆け出した。

 いざ、同族のもとへと突撃だ!


「ーー、ーーーーーーーナーニャちゃん!」

「ーーナーニャ……ーー、ーーー?!」


 お姉さんとダークエルフさんがボクの名前を呼んでいるが、今このときだけは無視を決め込むことにする。きっと、ボクみたいなちびっ子は大切な客人に迷惑をかけちゃうんじゃないかと心配しているのだろうけど、これでもボクは立派な大人だからね。その辺りのマナーについては心配ご無用ですぜ。


 黒髪のお姉さん……むっ、毎回そう呼ぶのは面倒だな。よし、今後は「旅人さん」と呼ぶことにしよう。歩きやすそうなブーツと体温調節がしやすそうな羽織、さらには大きな荷物まで背負っているもんだから、いかにも旅人って雰囲気なんだよね。

 その、黒髪のお姉さん改め旅人さんのもとに辿り着いたボクは、精一杯の笑顔を浮かべて挨拶を試みる。第一印象を良くするためにも、笑顔はとても重要だ。


「やあやあやあ、はじめまして旅人さん!」


 うん、同族としての親しみやすさと礼儀正しさを兼ね備えた完璧な挨拶ができたのではないだろうか。あまり堅すぎる挨拶をしても、逆に見えない壁が出来ちゃうからね。我ながら、ぱーふぇくと!

 だというのに、旅人さんからは一向に返事が返ってこない。それどころか、この場の空気すら固まってしまったような……。まったくもって解せぬ。


「……んぅ?」


 そんな情けない声を漏らしながら、ボクは思わず首を傾げてしまう。

 

「あれ、あれれ……? やっぱり日本語じゃ通じないです?」


 ま、まあ落ち着こう。日本語が通じないことくらいは最初から予想していたじゃないか。うん。こうなれば、知りうる限りの挨拶をぶつけまくるしかないね。


「はろー! ぐーてんたーく! ぼんじゅーる! にーはお!」


 その後も記憶を振り絞ってさまざまな挨拶を繰り出してみたものの、なにひとつ返事を得ることは叶わず……ひと通り繰り出し切ったところで、ボクはこの世界にご都合主義など存在しないことを理解した。同じ人間相手ですら言葉が通じないんだね。がっかり。


「■、■■■■……」


 そんなボクをじっと見つめていた旅人さんが、ぽつりと何か呟く。直後、ボクに向かって慈愛に満ちた表情で微笑みかけてきた。


「…………あっ!」


 ビビッときた。あぁ、これは全てを理解してくれている聖母の微笑みに違いない!

 即ち、お前の事情はちゃんと把握しているから安心しなさいよってことだ。察しの良いボクにはそれが分かる。ふふん、ご都合主義はやっぱり存在したんだね。言葉だって、きっと本当は最初の一言目で通じていたんでしょ。

 ……でも、それならどうしてさっきの挨拶に返事してくれなかったのかな?


「ーー! ナーニャーーーーー」

「ーーー、ナーニャちゃん! ーーーーーーー」


 声がした方へ振り返ると、お姉さんとダークエルフさんが慌ててこちらに向かってきている。

 ふむふむ、なるほどそういうことか。見た目がエルフで、そのくせエルフの言葉すら知らないようなボクが、何も事情を知らないお姉さんたちの前で急に他の種族旅人さんと会話し始めたら……たしかに、ややこしいことになりそうだもんね。厄介ごとを避けるためにも、ここはむやみに言葉を交わさず機をうかがうのが最善手ってわけだ。


 兎にも角にも、五日目にしてようやくボクは人間に出会うことができた。しかも、どうやら言葉を交わせそうな雰囲気である。


「うぅう、よかった~~!」


 喜びのあまり、ボクは旅人さんの胸へとダイブした。それはほぼほぼ反射的な行動であり、同時に、以前のボクであれば絶対に取らなかった行動だった。

 何だか日に日に幼女っぽい行動が染みついてきているなぁとも思うけれど……今はこの喜びに身を任せるとしよう。

 

「■■……■■……」

「ーーー、ナーニャ……」

「ナーニャちゃんーーー。ーーーーーーー!」


 まさかこのとき、ボクの背後でダークエルフさんががっくりと膝をつき、お姉さんに至っては目を真っ赤に血走らせていたなんて……そんなこと、浮かれたボクは想像すらもしていなかった。

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