ひっ捕らえてみましたが、何か?

 服飾屋の小娘と入れ替わるようにして儂らのもとへ押しかけて来たのは、一仕事終えた守り人の姉妹じゃった。


「ナーニャちゃん、ただいま! ちゃんと待っていてくれたのね、偉いわっ」

「んっ! にしし~~」


 儂の目の前では、この里の守り人であるフウラとその妹であるナーニャによる、大変微笑ましい光景が展開されておる。互いが互いに焦がれておったのじゃろう。妹の頭を撫でている姉の表情も、姉に撫でられている妹の表情も、それぞれ喜びに満ちておるわい。


「……で、一体何がどうしてそんな愛くるしい格好に? もしかして愛しのお姉ちゃんを萌え殺そうとしてるの? ねえねえ」

「ん、んぅう……」

「あぁん、もうっ! ぬいぐるみを抱きながら浮かべる困り顔とか可愛すぎるでしょ。うへへへ」


 あぁ、先ほどまでの微笑ましい光景は何処いずこへ? 服飾屋の小娘の置き土産が、いろいろと台無しにしてしもうた。フウラよ、せめて涎は拭いてくれ。


 大変残念な姿は見なかったことにして、視線を更に奥へと移す。フウラと娘っ子から少し距離を置いた先には、もう一人の守り人である次女のナナシと……全身を縄で拘束され、口に枷を嵌められた状態のが立っておった。


「里長、只今戻った。あぁ、そういえばオレたちの代わりにナーニャの面倒を見ていてくれたんだってな。恩に着る」

「べつにそのくらい構わんよ。まあ、儂にとってもちょうど良い暇つぶしになったわい」

「ところで、えっと……ナーニャとお揃いのその格好は、もしかして里長の趣味だったりするのか? いや、他人の趣味に口を出すつもりはないし、二人とも超絶似合っていると思うけどさ」

「儂の名誉に掛けて、それだけは絶対にあり得ぬと断言するのじゃ」

「そ、そうだよな。うん、そういうことにしておこう。あははは」


 あっ、こやつ本心ではちっとも納得しておらぬな。うぅ、儂のなけなしの威厳がまたひとつ失われた音がするわい……。もう泣いて良いかの?

 そんな儂の感情なんぞ放置して、会話の内容は本題へと進む。


「そんでもって、さっそくで悪いんだけどさ……今回の騒動について、ここから先の判断は里長に頼みたい。というわけで、犯人のこいつから直接話を聞いてみてくれないか?」

「やはりそういう展開か。面倒じゃのう……」

「■■■、■■■■■■!!」


 里の問題について最終的な判断を下すのは里長の役目だ。自分たちはきちんと仕事をこなしたのだから、後の対応は任せた。そんな主張を暗に儂へと伝えつつ、ナナシが女の口から枷を外す。と同時に、口が自由になった女は人間の言葉で何かを喚いた。女と呼ぶには少々幼さが残っておるようじゃから、年齢的にはフウラと同い年くらいの少女かもしれんがの。などと、寿命が異なる種族間で年齢の比較はさして意味を持たないと理解しながら、面倒ごとから目を逸らすように余計なことを考えてしまう。


「■■■■■■! ■■■■■■!」

「あぁもう煩い……ちょっと黙ってくれないかしら、人間」

「…………っ」


 娘っ子との再会に水を差されたとでも感じたのじゃろう。フウラが煩わしそうに女を睨む。その表情は、今の今まで娘っ子に向けていた締まりのないデレ顔から一転して、氷点下まで冷え込んでおる。

 しかしまあ、今のように顔には出しておらんかったものの、今朝から相当に不機嫌そうじゃったからの。寧ろ、この人間の女の首が未だ繋がっておることが不思議なくらいじゃ。この女は一体どのような事情があって儂の前まで連れてこられたのか、儂の関心は必然的にそこへ向く。そして、その関心に対する答えはすぐに明らかになった。


「いやいや、何のために口枷を外したと思っているのさ。黙らなくていいからさ、さっき捕まえたときみたいに弁明してみなよ。もちろん、でね」

「むぅ……まあいいわ。ナナシちゃんの言う通り、言い訳の機会をあげる。わたしたちは貴女たち人間と違って、とっても理性的だから。そもそも、事情を聞いて真偽を見極めるのも、その後の処遇を決めるのも里長の役目なんだし」


 こやつらは一体何を言っておるのじゃろうか?


「■■■■……うん。説明の機会、感謝、心から」

「はぁっ!? なん……じゃと?」


 ……いやはや、久方ぶりに驚いたわい。まさか、儂らの言葉を理解し、あまつさえ話すことができる人間がおったとは。

 ただ、それ以上に意外なのが、人間を前にしているにも関わらずナナシの奴が存外冷静なことなのじゃが。恐らく、姉であるフウラがあまりにも不機嫌な為に、もう一方のナナシが冷静に対応せざるを得ないのじゃろうな。そうでなければ、ちっとも話が先に進まぬからの。ある意味、不憫な子じゃ……。


「さて、人間の女よ。儂がこの里の長じゃ。お主、エルフの言葉はどの程度までなら話せるのかの?」

「里、長……はえっ!? 貴女、子ども、違う?」


 そのネタはもう飽きたわい……。儂が人間の寿命よりも遥かに長生きしておることだけ手短に伝え、さっさと質問に答えるよう促す。


「エルフ、流石……。あっ。言葉、カタコト。だけど、それなりに」

「ほら、はっきり言って不気味ですよね? わたしたちのことを見下しているはずの人間が、よりにもよってわたしたちエルフの言葉を理解しているだなんて。そんなわけで、下手にこのまま追い返すわけにもいかなくなったので、こいつを里長のもとまで連れてきたんです」

「うち、エルフ見下す、しない!」


 いつになく刺々しいフウラの発言に、人間の女が反論する。やはり言葉が通じておるようじゃ。

 しかし、ふむふふ、なるほどの。少しずつ事情が見えてきたわい。


「双方とも、一旦落ち着くのじゃ。それで、お主が儂らエルフと言葉を交わすことができる理由は一体何なのかの? 良ければ教えてほしい」

「ええっと……うち、流離う、旅の商人。道中、エルフの友達、できた。その子、言葉たくさん、教えてくれた」

「ふぅん、それはどうかしらね? 人間は嘘つきな生き物だって聞いたことあるし」

「…………」


 フウラは相変わらず高い警戒心のままじゃが、守り人としてはそれが正しい姿勢と言えるじゃろう。エルフの森に現れた侵入者である以上、油断はせん方が良い。多少不満に思うておるかもしれんが、人間の女には我慢してもらわねばの。

 さて、それはそうと、エルフの友達とな……。まあ、まったく考えられない話ではないじゃろう。べつに種族間で明確な対立が存在しておるわけでもないし、この里以外で生活しておるエルフの中には人間と積極的に交流を持つものがおっても不思議ではない。人間の国家に属していない旅の商人相手ともなれば、特にの。


「フウラよ、まずは最後まで話を聞いてやらんか。それからじっくりと真偽を見極めても遅くはない。そうじゃろう?」

「……ええ、そうですね」

「よし、そろそろ本題に移ろうかの。嘘偽りは一切不要じゃ、正直に答えよ。お主は何故この里に近づいたのじゃ?」

「ひとり、世界中を旅、してる。だから、詳しくない、この辺りのこと。結果、迷い込んだ、ただそれだけ。これ、真実!」


 なるほどの。何の面白みもないありきたりな回答じゃが、たしかに筋は通っておる。この辺りの人間であれば目的もなく里に接近などせんじゃろうが、里の存在すら知り得ないほど遠い地から訪れたのであれば、うっかり迷い込むことがあってもおかしくはない。ただし、そのうっかりが起こるには、もともと森の近くまで自らの意思でやって来ていたという前提が必要じゃがの。故に問う。


「じゃが、ここは人里からは随分と逸れた場所じゃぞ。普通に人里から人里へ渡り歩いておれば、余程の方向音痴でもない限り道程で森に近づくことにはならんじゃろうて」

「それは……うち、少し特殊。商売相手、人間だけ、違うから。旅先、いろんな種族、知り合う。皆、商売相手、可能。レアアイテム、入手」

「ふむ。種族を問わず商売しておるから、お主の旅に人里の位置は関係ない、というわけじゃな。その説明もまた道理にはかなっておる、か」


 そんな具合にいくつかの問答を繰り返した結果として、ひとまずこの人間は儂らに害意を持っておらぬ可能性が高いと結論付ける運びになった。

 もちろん、こやつの発言を全て鵜呑みにして信用するわけではないがの。


「とりあえず、質問はこれで最後じゃ。お主の名前と、これからどうしたいと考えておるのかを教えてくれんかの」

「うち、名前……クウ。数日、飲まず食わず、彷徨った。だから、お腹ペコペコ。食事、求む。それから……しばらく滞在、ここで商売、可能?」

「ハハハ! そうかそうか、お腹ペコペコか。それは大変じゃったの。よし、数日分の食料は儂らで用意してやるから安心せい」

「感謝! 感謝、心から!」

「……じゃがな、残念ながらお主のことを完全に信用できるほどの根拠はないのじゃ。故に、この里に留まることも、商いをすることも許可できぬ。申し訳ないのじゃが、食料だけ受け取ったら速やかに出て行ってもらいたい」

「う、うぐっ……」


 人間の女、クウの表情はほんの一瞬、明るい晴れ間を見せたものの……儂が付け加えた拒絶によって再びがっくりと沈む。空気は依然として重い。


 それなりに理不尽な対応であることは自覚しておる。それでも、里を預かる長として甘い判断は下せない。この人間が本当に無害であったとしても、滞在を認めることで儂らに益はないのじゃから。

 加えて今は、か弱い幼子のナーニャがこの里で暮らし始めたばかりである。そしてナーニャは、どうして森の中にいたのか、これまでどのような境遇で生きていたのかすら分かっていない。そんな状況で里に人間を置き続けることは、少なからずリスクを抱えることになる。クウが娘っ子の過去に関わっておらぬ保証など何処にもないのじゃから。そんなリスクを妹バカシスコン二人が許容するはずがないじゃろう。

 故に、クウを受け入れるという選択肢はこの里に存在しない。


「ちょ、ちょっと待ってナーニャちゃん!」

「おいナーニャ……って、んえっ?!」


 フウラとナナシが、何やら慌てた様子で声を上げておる。何事かとそちらに視線を移してみれば、フウラに抱きしめられて大人しくしていたはずの娘っ子が、フウラの側から離れてクウに駆け寄り……


「ーーーーーー。ーーーーー!」


 挙句、笑みを浮かべながら自ら話し掛けるという暴挙に出た。はぁあっ?


 娘っ子を除いたこの場の全員が思わず固まる。当然、突然の出来事に驚きと混乱を覚えたからじゃ。状況をよく理解していないクウだけは、儂らと別の意味で固まっていそうじゃが。具体的に推測するならば、誰この子? みたいな。


「……んぅ?」


 膠着した空気の中、その引き金である娘っ子が不思議そうに首を傾げた。いや、どっちかというと首を傾げたいのは儂らの方じゃからの?

 ほんと何を考えておるんじゃ、お前さんは!?

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