ふっわふわで最高ですが、何か?

 さっそくなのじゃが、儂が今ちょうど抱いている想いをそのまま言葉にして吐き出すとしようかの。というわけで、せえの!


「儂はただ頼まれて娘っ子を預かっておっただけじゃというのに……何がどうしてこうなった!?」


 そんな悲鳴にも似た儂の嘆きなど聞こえておらぬ様子で、が儂と娘っ子を眺めて惚けておる。いや、ホントにどうしてこうなった?


「ナーニャちゃん、貴女やっぱり最高の逸材ねぇ」

「んぅ……うううううぅ」


 被害者である娘っ子は、先ほどから諦めの境地に至ったかのような表情を浮かべておる。年端もいかぬ幼女が見せて良い表情ではないぞ、それ。

 加えて質が悪いことに、その原因である小娘ミラの獲物には儂まで含まれておるようで……。フウラよ、すまぬ。儂はお主の大事な娘っ子を守り切ることが出来そうにない。


「里長ちゃんもとっても可愛いのぉ……ふふふ」

「……この里の娘共、揃いも揃って里長であるこの儂を雑に扱いすぎじゃないかの。もうちょい敬ってくれても構わんのじゃぞ?」

「お断りしますぅ」

「ひぇえ、嘘じゃろ!? 割と食い気味に断られたんじゃが……」


 ぐぬぬ、最近の若者は何を考えておるのかよう分からぬ。いや、一括りにして扱っては、他の若者に失礼かの。


 事の始まりは……僅かに時を遡ること約三十分。呑気に床を転げ回っておる娘っ子を尻目に、フウラたち姉妹が戻るまでの間どのように遊んでやるべきかと考え込んでいた最中のことじゃった。儂のところに娘っ子が預けられているとの情報を何処からか聞きつけた小娘が、嬉々とした様子でやって来た。

 里長という立場故、小娘が服飾屋の娘であることは知っておる。この際、娘っ子の遊び相手はこやつに任せても良いのではないかと考えたのじゃが……その判断が大いなる誤りであったことを、儂は直後に理解する。


「今なら幼女にお揃いの衣装を着せることができると思ってぇ」

「いや、この場に幼女は一人しかおらんのじゃが」

「……えっ?」

「えっ、ではないからの? こらこらこら、まるで儂の方がおかしなこと言っておるみたいな目を向けてくるでないわっ」


 そう叫ぶ儂は現在、明らかに幼子用であろうと思われる可愛いパジャマを着せられておる。しかも余計なことに、獣耳の生えたフード付きという代物じゃ。これ何の羞恥プレイ?


「勘弁してくれんかの。儂、こんな容姿でも400年以上生きておる立派な大人なのじゃ……」

「でも、文句のつけようがないくらい完璧に似合っていますよぉ。だから、やっぱり可愛いものに年齢なんて関係ないのですぅ」

「そ、そうかの? って、こんなものが似合っておると言われても、儂はちっとも嬉しゅうないわっ」


 今日は何だか叫びっぱなしな気が……。いい加減、息が切れてきたの。まったく、年寄りにこんな無茶をさせんでほしいわい。

 大体、年長者としての威厳が溢れておる儂に、こんなパジャマが似合うわけなかろうが。お世辞も大概にしておくのじゃ。


「お世辞じゃないんですけどねぇ」

「何か言ったかの?」

「まあいいですぅ。そんなことより二人とも、試しにこのぬいぐるみを抱きしめてみてくださいよぉ」

「ーー、ーーーーーーーーー!? ……ほわぁああああああ」


 パジャマ姿の儂らを見てすっかり調子に乗っておる様子の小娘から、儂と娘っ子にぬいぐるみが手渡される。何かしらの生き物を模っておるようじゃが、正直何を模っておるのかまでは分からぬ。

 調子に乗るのも大概にせいと文句をぶつけることで、この状況に終止符を打とうかとも考えたのじゃが、隣の娘っ子を見た瞬間にその気も失せてしまった。何せ、こんなにも幸せそうにぬいぐるみを抱きしめておるのじゃから……。目尻をとろんと垂らし、頬をすりすりとぬいぐるみに擦りつけている姿を目撃してしまっては、儂の一存で終止符なんぞ打てるわけがない。子どもの幸せを守るのは、いつだって大人の使命じゃ。


 さて、肝心の娘っ子が嫌がる素振りを見せておらぬ以上、儂はもう小娘が満足するまで付き合ってやるしかないの。


「ほれ、こんな感じで抱き締めれば良いのかの?」

「里長もようやくその気になってくれたのですねぇ。うふふ、完璧ですよぉ。どこからどう見てもナーニャちゃんと大差ない幼女ですぅ」

「それ、誉め言葉のつもりなんじゃろうな。どうにも複雑な心境じゃ……」


 この容姿と共にずっと生きてきたわけで、子ども扱いされることには慣れておるつもりなのじゃが、さすがについ先ほどまで床を転げ回っておった幼女と同類扱いは勘弁してもらいたい。


「ところでこのぬいぐるみ、娘っ子がこれほど夢中になっているのも納得の触り心地じゃな。抱きしめておるだけで脱力しそうになるわい」

「ふふっ、実はお手製なんですぅ。お気に召したのでしたら、パジャマと一緒に差し上げますよぉ」


 子どもじゃあるまいし、こんなもの要らぬわ! と言いたいところじゃが、ぬいぐるみが手に入れば娘っ子が喜びそうじゃから、ここは素直に受け取ってやろうかの。儂の分まで受け取るのは……まあ、ついでみたいなもんじゃ。


「良いものが見られましたし、そろそろ帰りますねぇ。お店を放ったらかしで来ちゃいましたしぃ」

「本当にそれだけのために来たんじゃな……」


 こうして台風のような小娘は去っていった。いやはや、疲れたわい……。

 




 長い人生を過ごしていれば、ときには開き直った方が楽な場面もあると思うんだ。そう、例えば……二十歳を超えた成人男性なのに、幼子用の着ぐるみパジャマを着なくちゃならない場面とか。

 突然何を言っているのか意味不明? まあそうだよね、ボクだって同感だ。でもさ、その意味不明な状況こそが、今まさにボクが直面している現実そのものなんだよ。驚くべきことに。


「ナーニャちゃん、ーーーーーーーーーーーーー」

「んぅ……うううううぅ」


 ボクはこの人を知っている。先日、ボクを着せ替え人形にして楽しんでいた店員さんだ。で、どうしてこの人はこんなところにいるんだろう。まさか、服飾屋の仕事と保母さんを兼業しているとか?

 ……いや、違うな。この店員さん、絶対ひとりで楽しんでいるだけだ。目を見ればそのくらいは分かる。露骨なまでに我欲でギラギラしているもん。


 ただし、先日の服飾屋での状況とは大きく異なる点がある。それは、この場にいるもう一人が正真正銘ホンモノの幼女であるということだ。恐らくだけど、ボクみたいな似非幼女ニセモノなんかよりも、よっぽど着飾り甲斐があるに違いない。なので、あの子には申し訳ないけどボクの身代わりになってもらおう。うん、それが良い!


 そんな大人げないことを目論んでいたボクを嘲笑うかのように、巨大なぬいぐるみが迫り来る。どうやら、こいつを抱きしめろってことらしい。そんなことしたら、ボクは恥ずかしすぎて悶え死ぬかもしれないよ? これぞ本当の「恥ずか死」なんてね。ダメだ、しょうもないことしか思いつかない。


 どれだけ考え込んだところで「恥ずか死」からは逃れられそうにないので、ボクは大人しく腹を括ることにした。今こそ、伝家の宝刀・開き直りの出番である。そもそも、この身体になった初日にお漏らしした挙句、ボクの実年齢よりも幼い少女の前で大号泣までかました前科持ちだからね。幼子用の着ぐるみパジャマを着てぬいぐるみを抱きしめるくらい造作もないさ。


「って、ナニコレ超ふわふわ!? ……ほわぁああああああ」


 恐る恐る抱きしめてみれば……天女の羽衣を想起させるほど極上な触り心地がボクを襲う。さらに、少しでも力を入れた瞬間、どこまでも沈み込むような錯覚を覚えるふわふわ加減というね。これ、人をダメにするクッションとか、そういう類のやつだ。


 あまりにも心地良すぎて、死んでないのに成仏しちゃいそう。まあ、この世界にいる時点で、実は一度死んでいるなんて可能性は十分あり得るけど。

 ……今のなし! その辺りについて深く考えてしまったら、何か取り返しのつかない事態を招く気がする。そんなことより、今はこのぬいぐるみの感触を満喫したい。


「ふっわふわだあぁああああ」


 頭に一瞬だけ過った不穏な考えを掻き消すようにぬいぐるみを抱きしめていたら、いつの間にか店員さんはいなくなっていた。神出鬼没だなぁ……。ボクは苦笑いを浮かべる。


 そのとき、少し離れた辺りからこちらへと向かってくる複数人の足音が耳に届いた。微かな足音だけで、ボクはその正体を理解する。鋭く尖ったこの耳は、ただのお飾りじゃないらしい。

 ひとつ。ここ数日ですっかり耳に馴染んだ、お姉さんの足音。ふたつ。こちらも同じく随分と耳に馴染んだ、ダークエルフさんの足音。

 ということは……待っていたよ、お帰りなさい!




 ん? あれ?

 足音が更にもうひとつ聞こえるような……。

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