預けられちゃいましたが、何か?

 どうやらお姉さんたちは、日替わりでボクの面倒を見ると決めたらしい。ようやくそのことに気がついたボクは、この異世界で生き延びるため暫くだけ素直にお世話になっておくことにした。そんなわけで、僕は今お姉さんの膝に座って、大人しく髪を弄ばれている。


 こんな風に子ども扱いされても大して違和感を感じなくなってきたのは、果たして良いことなのか悪いことなのか……いやいやいや、悪いことに決まっている。エルフの美少女の膝上に乗せられているのに安心感しか覚えないなんて、成人男性として終わっているじゃないか。

 そんな風に思っていても、身体の弛緩は止められない。ぐぬぬ、只のブラッシングがこんなにも気持ち良いものだったとは。ダメだぁ、何も考えられなくなっちゃうぅ……。


 なんて具合に、以前のボクであれば垂涎ものだったであろうシチュエーションにズブズブと呑まれてしまっていたのだが、突然の来訪者が扉を叩いたことで何とか正気を取り戻すことに成功した。

 穏やかな雰囲気から一転して緊張感を漂わせ始めたお姉さんが、ゆっくりとボクを膝から降ろす。

 そのボクはといえば、解放されてほっとしたような、それでいて少し寂しいような何とも言えない気持ちに襲われていた。そんな自分自身の感情に「えっ、何この気持ち……」などと戸惑っているうち、一気に状況は慌ただしくなっていく。


 やがてダークエルフさんが出掛け、残ったお姉さんに連れられてボクがやって来たのは……以前に託児所と勘違いしたことがある、あの場所だった。


 そこには当然のようにあのときの幼女もいて、お姉さんと二人で何やら楽しげに会話している。

 まったく、何者なんだろうこの幼女。会話に混じれないボクは、彼女以上に謎な存在である自分のことを棚に上げて、そんなことを考えていた。

 割と気心知れた感じで言葉を交わしている様子から察するに、お姉さんと幼女はそこそこ仲が良いみたいだけど……。あっ、いや、べつに嫉妬とかじゃないよ? 明らかに年下な幼女を相手に、お姉さんを取られたような気分になって嫉妬するような格好悪い大人じゃないからね、ボクは。本当だよ?


 ボクが脳内で誰とも知れぬ存在に対し弁明をしていると、お姉さんがボクの方へ近づいてきた。

 ふんっ。その幼女とのお喋りタイムはもう十分なの? ……って違う違う。これじゃあ、まるでボクが面倒臭いツンデレキャラみたいじゃないか。変なことを考えていた所為で、どうにも調子が狂う。


「ーーーー、ーーーーーーーーーー……ーーーーーーーーーーーーー」

「ん、んぅ?」

「ーーーーー、ーーーーーーーーーーーーー?」

「何だか分からないけど……任せておいて!」


 お姉さんが何か話し掛けてきたので、調子の悪さを誤魔化すように勢い良く返事しておく。

 我ながら無責任な返事だとは思うけど、何を言っているのかなんて分からないし……。せめて、お姉さんには余計な心配をかけないようにしないとね。

 ついでに、ちょくちょく子どもっぽい声を発してしまっているのは、ご愛嬌ということで見逃してほしい。だって無意識に発しちゃうんだもの。どうしようもない。


「ーーー、いってーーすっ」


 今のは大体聞き取れたぞ。これは既に知っている単語だ。そう、たしか「いってきます」を意味していたはずで……って、あれ? お姉さん、今からどこかへ行っちゃうの?

 戸惑いつつも、とりあえずまた返事する。


「……いってらっしゃい!」


 ボクの返事を聞いて一安心といった様子を見せたお姉さんは、そのまま本当にどこかへ行ってしまった。あわわわわ……。

 お、落ち着くんだボク。そうだ、とりあえず状況を整理し直そう。うん、それが良い。

 今朝知らないエルフさんがやってきて、その後ダークエルフさんが慌ただしく出掛け、ボクまでお姉さんに連れ出され戸惑っていた矢先に、連れ出した本人まで出掛けてしまったわけで……うーん、もしかしてボク、捨てられちゃった?


 なーんてね。そんなに何度も同じ過ちを繰り返すほど馬鹿ではないのだよ。ふふん。

 恐らく、今朝の知らないエルフさんが何か急用を持ち込んだのだろう。だけど、ボクみたいなちんちくりんを連れて行くのは面倒だから、ここへ預けることにしたというのが妥当な筋である。

 つまるところ、やっぱりここは託児所だったんだね。最初の予想が正しかったと証明されたわけで、なんだかんだでボクの推理力も捨てたもんじゃないなと思えてきた。少し自信が回復したぞ。


 ひとつだけ引っかかる点があるとすれば、託児所にいて然るべき保母さん的な存在が見当たらないことだけど。まさか、目の前の幼女がそれに該当するとも思えないし。

 ああ、そうそう。因みにこの幼女の正体については、ボクと同様ここに預けられている子どもなのだろうという理解に落ち着いた。さっきまで、何者なのかと勝手に訝しんでいたことを恥じなくちゃね。


「よ~しよし。ごめんね~」

「ーーーーーーーーーー!?」


 年上のお姉ちゃん……いや、お兄ちゃんとして余裕が生まれてきたので、謝罪の意味も込めて幼女の頭を撫でてみる。おぉ、ぴくぴく動いているエルフ耳、可愛い。昔飼っていた愛犬みたいだ。

 そんな調子で撫で続けていたら、心底不愉快そうな表情でじろりと睨まれてしまった。解せぬ……。

 




「ーーーーー。ーーーーー」

「ななな何をするのじゃ!?」


 フウラが連れてきた娘っ子。そやつの対処について考えておったら、突然頭を撫でられてしもうた。おい待たんか、一応儂は里の最年長者じゃぞ?

 まったく。姉のフウラに似て、年長者への敬意というものを知らんようじゃな。あやつの悪いところは真似せんで良いのにのぉ。威厳を示すためにも、とりあえずひと睨みしておく。


 ところが、こやつときたら怯むどころか首を大きく傾げよった。それではまるで儂が我儘を言うとるみたいではないか。解せぬ……。

 やられっぱなしというのも癪に障るので、儂も撫で返してやることにした。


「ほれほれほれ、気持ちが良かろう? お主のような小童は大人しく撫でられておったら良いのじゃ」

「ふにゃ!? むううう……ーーーーーーー!」

「ふひょははは! これっ、急に脇腹をくすぐるでないわ、馬鹿者! ほれ、仕返しじゃ」

「ふにゃうううう! いひぃ~~~っ」


 ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……。

 いかんいかん、年甲斐もなく張り合うてしもうたわ。気がつけば小一時間が過ぎておった。

 その小一時間で、はっきり理解したのじゃが……こやつ、儂のことを同じ幼女だと思い込んでおるようじゃな。誤解を解こうにも、言葉が通じぬから説明する術がない。

 しかしまあ、そのような誤解をしてしまうのも仕方がないことじゃの。儂の容姿だけ見れば、確かにお主と大差ないのじゃから。


 エルフの容姿は、大凡十五から二十五の辺りで成長が止まると言われておる。一度止まればその後数百年に渡って容姿が変わらぬから、人間どもにとっては奇怪な存在に感じるらしい。

 が、そんなことは知ったこっちゃないの。寧ろ、儂らを恐れて干渉せんでくれたらありがたいのじゃが……人間どもの中には、若い容姿を保ち続けるエルフの娘を劣化知らずの愛玩人形として飼育しようと企む外道や、長持ちする便利な労働力などと見なす愚か者がおるでの。本当に困ったものじゃわ。

 もちろん、長く生きてきた儂は人間どもがそんな馬鹿ばかりでないことも知っておるが、奴らを好ましく思うておらぬエルフが多数派じゃ。実際、ナナシのように実害を被った者も少なくないのじゃから、当然と言えば当然であろう。それでも、昔はもう少し良好な関係じゃったのじゃがな……。


 ついつい話が逸れてしもうたわ。少し巻き戻って、エルフの成長が止まる時期についてじゃが……何事にも例外というものはある。そう、例えば儂のようにの。儂の場合は、五つの辺りで容姿の成長が止まった。そういったエルフは稀に現れるが、大抵は容姿に加えて更に他のエルフと差異があることが多い。儂の場合、その差異は寿命の長さじゃった。故に、他のエルフよりも多少長生きできておる。

 

 そこまで考えて、儂の脳裏にひとつの可能性が過った。まさかとは思うが、この娘っ子も儂と同類なのではなかろうか、とな。

 先日の様子から受けた印象としては、数百年も生きているようには思えぬ。じゃが、これまでの劣悪な境遇の所為で精神が成熟しておらぬだけで、容姿相応の年齢とは限らぬのではないか。もしそうなのであれば、幼い容姿の儂を目にして子どもを甘やかすかのように頭を撫でてきたことも納得ができる。いや、もちろん可能性は低いとは思うておるが……。

 そんなことを考えながら、娘っ子の方に視線を向けると……ほへっ!?


「んっふふ~~!」


 儂の目に映ったのは、屋敷の床を楽しそうに転げまわっておるの姿じゃった。

 うむ、どこからどう見ても容姿相応の小童じゃ。こやつが儂と同類? 馬鹿を申すな、そんなわけがなかろうが! 儂の慧眼もすっかり衰えたの……。

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