オーバーキルなのですが、何か?
妹たちとの水浴びって、どうしてこんなにも胸が昂るんでしょうね。ふふっ。
わたしたち三姉妹は今、裏の水浴び場で身を清めている真っ最中です。
ナーニャちゃんとの水浴びは、彼女と出会ったあの日以来になります。昨日一昨日と、ナナシちゃんがナーニャちゃんを水浴びに連れて行ってくれましたから。
よく考えたら、ナナシちゃんとの水浴びだって随分と久しぶりなように思います。数年前までは、毎日のように仲良く水浴びしていた時期もあったのですが……。いつからか、ひとりで済ませてしまうようになり、姉としては寂しく思ったものです。
ふと、前方から鋭い視線を感じました。視線の主はナナシちゃんです。
「ぐぬぬ……相変わらずフー姐のは嫌味なほどデカいな。こんちくしょうめ」
デカい?
ああ、なるほどです。視線がわたしの胸へ刺さっていることに気づき、わたしはナナシちゃんの真意を理解しました。
「べつに気にしなくても大丈夫なのに~。大体、ナナシちゃんだって昔一緒に水浴びしていたときと比べれば成長しているでしょ?」
「えっ、ホント? フー姐にはそう見える?」
「…………ごめんなさいっ」
「謝るなよぉおおおお」
ごめんなさい。今のは軽率な発言でした。
ナナシちゃんから、変わらず妬みと恨みの籠った視線が飛んできています。これは、ほとぼりが冷めるまで目を合わさないようにした方が良さそうですね。たはは……。
さて、もう一方のナーニャちゃんですが、彼女は逆にわたしのことをまったく見てくれません。それどころか、意図的に視線を逸らしているようにさえ思えます。何をそんなに照れているのでしょうか?
いえ、ちょっと待ってください。わたしたちほどの間柄で、今更照れる必要なんて皆無ですよね。
ということは……まさか、どこかに傷でもできていて、それを必死に隠そうとしているのでは!?
そんな疑念が湧いてしまった以上、確認しないわけにはいきません。
「ほら、前も綺麗にしてあげるからっ……ナーニャちゃん、こっち向いてね?」
「んえ……うにゃにゃにゃにゃ!?!?」
多少強引な形でナーニャちゃんの身体をこちらへ向かせると、彼女は激しく狼狽え出しました。
この動揺っぷり、やっぱりです。わたしたちに余計な心配をかけないよう、傷を隠そうとしているに違いありません。
「大丈夫、大丈夫だから。お姉ちゃんにちゃんと身体を見せて」
「ん~~っ! んん~~っ!!」
ナーニャちゃんの腕を掴んで固定し、彼女の肢体をくまなく観察します。それはもうじっくりと。
しかし、頭の先から爪先まで観察してみても、何ひとつ傷なんて見当たりません。寧ろ綺麗すぎて、こちらが見惚れてしまうくらいです。手入れもせずにこの滑らかさとか、幼女って凄いですね。
とりあえず、わたしの杞憂だったようでホッとしました。ですが、それならばどうしてこちらを向くことにあれほどの抵抗を示していたのでしょう?
不思議に思いナーニャちゃんの顔を見ると、真っ赤に顔を火照らせて口をアワアワと動かしていました。何というか、「完全にキャパオーバーです」って感じの表情を浮かべています。
「なぁナーニャ。オレと水浴びしているときには、一度もそんな顔してなかったよな?」
「ん、んぅ……」
「まさかとは思うけど、膨らみの差、ボリュームの差なのか? なぁ?」
「…………」
「沈黙は肯定を意味するんだよ! くそったれぇええええええ」
わたしたちのやり取りをじっと見つめていたナナシちゃんですが、突如ナーニャちゃんに迫ったと思えば……見事なまでに撃沈しました。
いやいや、膨らみの差だなんて、そんなまさか。沈黙がどうのこうのという以前に、ナーニャちゃんには言葉が通じていませんし。今日のナナシちゃん、ちょっと自虐が過ぎますね。
「これだからフー姐と一緒には水浴びしたくなかったんだ……ううううう」
それにしても、おかしいですね。わたしの期待していたキャッキャウフフな展開は、一体どこへ行ってしまったのでしょうか?
「そんな意味不明な展開を期待していたのかよ……馬鹿フー姐っ」
あっ、そんな状態でもしっかりツッコミは入れるんですね。さすがです。
◇
ナーニャとフー姐が寝静まった狭いベッドで、オレは今日一日の出来事を思い返していた。
今日もいろいろあったけれど、何だかんだで良い一日だったんじゃないかな。お揃いのリボンも買うことができたし。ナーニャがあのリボンを気に入ってくれていると嬉しいが、果たして。
しかし、いい加減オレのベッドに三人で入るのはやめようぜ? しかも、今晩はフー姐が真ん中で寝ているときた。まったく、この姉は……満足げな顔で熟睡しているもんだから、文句のひとつも言えやしない。
そういえば、フー姐と一緒に水浴びしたのなんて何年ぶりだっただろう。
昔と変わらず……いや、昔以上に大きな肉の塊がついてたな。思い出したらまた悲しくなってきた。
でも大丈夫。オレの成長期は局所的に遅れが生じているだけだから。もう数年後には、そこそこの膨らみ具合になっているはずだ。たぶん。きっと。
……胸部の話はこのくらいにしておこう。これ以上は、オレがひとりで傷付くだけな気がする。
ところで、眠りにつく直前の時間というやつは、不思議と普段以上に様々な記憶が蘇ってくるものだ。それこそ、まるで走馬灯のように。
故に、今日の出来事を起点として記憶が遡り……オレがフー姐と初めて水浴びをしたあの日のこと、さらにはそこに至る経緯まで、勝手に脳内再生が始まったとしても止める術はない。あぁ、それにしても懐かしい記憶だ。
◇
オレは所謂
物心がついたときには、オレは川の水を啜って生きていた。エルフの生命力ってやつは、本当に大したものである。恐らく2歳か3歳か、その程度の子どもでもギリギリひとりで生き延びることができるのだから。
ただまあ、生まれてすぐに捨てられたというわけでもないらしい。それは何故かと問われれば、オレは拙いながらも言葉を話すことができたわけで。
いつからひとりになったのか、何故捨てられたのかは分からないけれど、言葉を教えておいてくれたことにだけは感謝してもいい。
その代わり、自分の名前や正確な年齢すらも分からないのだけど。……やっぱり感謝は不要だな。
生き抜くためであれば、何が何でも環境に適応しようとするのが生物の凄まじいところだ。それはオレだって例外じゃない。
その頃のオレを一言で表すならば、野生児というのが最適な表現だろう。オレは、必要とあらば地を這い、水が枯れれば泥水だって啜り、状況に応じて生活圏も転々と変え……そんな風にして、数年もの期間を逞しく生き抜いた。
さらにもうひとつ触れるとすれば、オレはそこそこに賢いエルフだった。自分で言っちゃうと、一気にアレな感じがするけど。
オレは、いつか同族と出会ったときに意思疎通が図れるよう、発声練習を欠かさなかった。まだ見ぬ同族の存在は、オレの生きる希望であり、憧れになっていた。
そして、その日はやってきた。
食料を手に入れるべく、いつものように森の中を駆け回っていたオレは、初めて自分によく似た生き物の集団を見つけた。
それは、二本の足で歩いていた。日々遭遇している獣のように全身毛むくじゃらというわけでもなく、オレが物心ついたときに所持していたような衣服だって纏っている。
遂に同族と出会えた、と思った。その瞬間、不覚にも警戒心を緩めてしまった。
だから、オレと異なりそれの耳が尖っていないことに気づけなかった。
ふっ、本当に馬鹿だ。野生児失格である。
だって……
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