マネキン扱いなのですが、何か?

「むぅう……やっぱり恥ずかしいかも」


 ボクは、自分の頭に結び付けられている黒いリボンに触れる。これはさっき、ダークエルフさんがボクにプレゼントしてくれたものだ。


 そう、あれはほんの数時間前。ボクを丸々と太らせるべく画策しているエルフの集団から抜け出した後の出来事だった。




 ダークエルフさんに腕を引っ張られ、ボクは抵抗虚しくも彼女に付き従うような形で歩いていた。

 ぐぬぬ……幼女の身体、非力すぎじゃない?


 それはまあ置いておくとして、これからボクはどこへ連れて行かれるのだろうか。正直不安だ。

 もしも辿り着いた先が調理場や屠畜場だった場合には、ボクは恐怖で盛大に漏らしてしまう自信がある。いや、成人男性としてそんな自信は持ちたくないんだけどね。こればかりは仕方がない。


 そんな最悪の展開を想像し青ざめていたボクは、ダークエルフさんが立ち止まったことで目的地に到着したことを理解する。

 そこは、ボクの想像からは大きく外れた場所……女の子が喜びそうなアクセサリーばかりがずらりと並んだ小物屋だった。


 どうしてこんなところへ連れてきたのか。意図が読めず困惑するボクの頭に向かって、ダークエルフさんの腕が伸びてくる。どうやら、ボクにアクセサリーをつけたがっている様子だ。


 ふむふむ……なるほど、理解したぞ。

 ここでもまた、ボクの名推理が炸裂する。じっちゃんの名にかけがちな天才少年も真っ青になる推理力だ。ふっふ~ん!

 つまるところ、ダークエルフさんは彼女自身に似合うヘアアクセサリーを選ぶため、ボクをマネキンのように利用して試そうとしているのである。

 それは、周囲に鏡が見当たらないことからも推測できる。うん、ずばり間違いないはずだ。

 

 ダークエルフさんの意図は理解したものの、ボクにも羞恥心というやつがありましてね……。

 そもそもボクみたいなちんちくりんには似合わないだろうし、男としての抵抗感だって残っている。

 衣服については、何かしら着ないわけにはいかないから受け入れることにしたけれど、ヘアアクセサリーって装飾品だからね。そう簡単に女物を身に付けるわけにはいかない。


 そんなわけで、ダークエルフさんがアクセサリーをボクに見せてくる度、ボクで試すのは勘弁してくださいとアピールを繰り返しているが……ダークエルフさんはちっとも諦めてくれない。これは、どこかで妥協点を見つけるしかなさそうだ。

 そんな風に思い始めたタイミングで、ダークエルフさんが黒いリボンを手に取った。


 ふむ。リボンなんて言い方をすればアレだけど、要するに只の布切れである。これなら、まあ……ギリギリ許容できるかな。

 なんだか無理やり自分の許容範囲を広げてしまったような、取り返しのつかない判断をした気がしないでもないけど。ええい、やむを得まい!




 そんなこんなでマネキン代わりになることを受け入れた結果、最終的にダークエルフさんとお揃いでリボンを買ってもらっちゃいました。

 いやいやいや、どうしてこうなった!?


 う~ん、ダークエルフさんのヘアアクセサリー選びを手伝ったお礼ってことかな。

 でもさ、そのうちボクのこと食べるんでしょ? それなのに何故、プレゼントなんて……。


 あれ? そもそもなんだけど、ボクって本当に食べられそうになっているのかな?

 ここにきて、ボクはようやく自分の導き出した前提を疑い始めた。


 大体、この世界のエルフって、けっこう文化的な暮らしを営んでいると思うんだ。それに、美味しい食べ物だってたくさん売っているわけだし。

 それなのに、わざわざ貧相なボクなんかを食べようとするだろうか? いくら魔族とはいえ、彼女らにそんな野蛮な文化があるようには思えない。


 これはもしかして……いや、もしかしなくてもボクの勘違いなのでは。またやっちゃいました?

 あは、あはははは。はぁ……。


 本日二度目の勘違いに気づき、ボクは安堵と自己嫌悪で大きなため息を漏らした。

 




「二人とも、今朝とは少しだけ雰囲気が変わったように見えるわ」

「さすがフー姐、鋭いな。いや……鋭すぎて、ぶっちゃけひくんだけど」


 見回りを終えて帰宅したわたしは、出迎えてくれた愛しい妹たちを見て、どことなく違和感を感じました。ナナシちゃんの反応からして、わたしの勘は正しかったようですが……後生だから、ひかないでほしいです。


「でも、どこが変わったのかしら」


 違和感の正体を見極めるべく、わたしはナーニャちゃんを見つめます。じぃ~~。


「んんぅ…………」

「おいこら、変な目でオレのナーニャを凝視するんじゃねえ」


 当たり前ですが、変な目なんて向けていません。いやホントに。まったくもって酷い誤解ですよ、ナナシちゃん?

 ところで、見つめられただけで恥ずかしそうに照れちゃうナーニャちゃん、これまたとっても可愛いですね! キュンキュンしちゃいます。ぐへへ。


「今、ぐへへって言ったよな……」

「わたし、口には出してないはずなんだけど!?」


 いやん。そうやってすぐに乙女の心を読むの、やめてほしいです。たとえナナシちゃんが相手だとしても、さすがに恥ずかしくなっちゃいます。

 あと、違和感の正体わかりましたよ。お揃いでつけている、その黒いリボンですね?


「おと……め? ああ、うん。そうそう、大正解。リボンで合ってるよ」

「乙女のところで首を傾げないで!?!?」


 ナナシちゃんの反応が、どうにもさっきから引っかかります。というか、心を気安く読みすぎです。

 ですが、それは一旦さて置いて、今は二人の可愛さを褒めちぎってあげなくちゃいけません。姉として、絶対に!

 特にナナシちゃんなんて、わたしが何度プレゼントしようとしても、断固として拒否していたのに。妹の成長に、思わず涙が零れます。


「うわっ、なんか急に泣き出したんだけど……」

「ん……ーーーーー?」


 涙するわたしと戸惑うナナシちゃんを見て、ナーニャちゃんが心配そうに顔を覗き込んできました。あぁ、なんて優しい子なんでしょう。

 だけど、これは感動の嬉し涙なので心配しなくて大丈夫ですよ。ふふっ。


 ところで……わたしの分のリボンはどこにあるのでしょうか? わたしも早くお揃いのリボンをつけたいです。なんといっても、わたしたちは仲良し三姉妹ですからね。


「げっ」


 ……げっ? なんだか嫌な予感がします。いや、そんなまさか。


「ごめんフー姐。オレとナーニャの分しか買ってないや……。フー姐のこと、すっかり忘れてた」

「ええええええええええええ!?」


 今度こそ、本気で涙が溢れてきました。お姉ちゃん、ショックの極みです。


「うわぁあ、珍しくマジ泣きだ。ええっと、どうすれば……そうだフー姐!」

「ぐすん……なに?」

「オレたち、今から水浴びしに行こうと思ってたんだよ。それでさ、ちょうどフー姐も汗だくで帰ってきたわけだし……三人で水浴びするのも良いかなって思うんだ! 名案だろ?」


 三人で水浴び。

 その言葉が耳に飛び込んだ瞬間、わたしの涙がぴたりと止まりました。まさか、ナナシちゃんからそんな誘いを受けるだなんて。驚きです。

 とりあえず、この機会を逃す手はありません。

 さあ行きましょう、今すぐ行きましょう!


「立ち直り早いな!? オレ、判断を早まったかもしれない……」

 

 守り人の役目をしっかり果たしたのですから、このくらいのご褒美はあって然るべきですよね。

 うふふ、お姉ちゃんは今日も幸せです!

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