冴え渡った名推理ですが、何か?

 え? えええええ!?

 もしかしてボク、捨てられちゃうの?


 ……とんでもございません、ボクの盛大な勘違いでした。シュン。


 ボクは今朝の失態を振り返る。いや、我ながらアレはないでしよ、アレは。

 冷静になって思い返してみれば、何故お姉さんが出て行く=ボクが捨てられるなんて思考に陥ってしまったのか、自分のことながら理解に苦しむ。ボクが家から追い出されたのならまだしも、お姉さんが家から出ようとしていたわけで………。


 だけどあの瞬間、ボクは自分の感情をこれっぽっちも制御できなくなってしまったんだ。

 お姉さんがボクの側から離れてしまう。その事実だけで、ボクの不安が最高潮へ達するには十分すぎる条件だったらしい。

 いやいやいや、子どもじゃないんだからさ……。それはあまりにもみっともなさ過ぎるでしょ。たしかに、今のボクは思いっきり子どもだけど!




 はぁ…………もぐもぐもぐもく。


 またひとつ追加された黒歴史から目を逸らすように、ボクは右手に掴んでいる芋を頬張った。

 うわぁ、甘くて美味しいよこれ。


 お姉さんがどこかへ出掛けた後、しょんぼりと肩を落としていたボクを見かねたのか、ダークエルフさんが外に連れ出してくれた。

 しかし、お姉さんといいダークエルフさんといい、どうしてボクなんかに対して優しくしてくれるのだろうか。森をふらふら彷徨っていた上に、言葉すら通じないという怪しさ満点の子どもだよ?


 なんて思っていたけれど、どうやらそれはエルフという種族共通の特性なようだ。

 ボクは、ボクを取り囲み、これでもかと甘やかしてくるエルフたちを見て、そう理解した。


 ……いや待て。

 それにしたって、いくらなんでも次から次へと食べ物を用意し過ぎじゃないだろうか? まるで、飼育中の生き物に餌でも与えるかのような……あっ!

 たとえ見た目が子どもになっても、頭脳は変わらず大人のまま。蝶ネクタイを付けた某少年探偵のように賢いボクは、たったひとつの真実を見抜いてしまった。


 さては、ボクを丸々と太らせて皆で美味しく食べる気だな??


 冴えわたる自身の推理力と衝撃の真実に二重で慄き、ボクの首筋に冷汗が流れる。

 慌てて「ボクは食べても美味しくないよ」とアピールしようとしたところで、それまで静かだったダークエルフさんが唐突に立ち上がった。


「ーーーーーーーー、ナーニャ」

「ぴぃい!?!?!?」


 言葉は未だ理解できないけれど、このボクの頭脳をもってすれば余裕で読み解くことが可能だ。つまり、彼女はこう言っているのだ。


「そろそろ食べ頃だな、ナーニャ」


 やばい泣きそう。

 まさか、ダークエルフさんまでグルだったとは。

 思い返せば、先日の水浴びでもダークエルフさんの視線をやたらと感じたような。ボクみたいなちんちくりんの身体に興味を抱くわけがないし、どうせ気のせいだろうと思っていたけれど……あれは、家畜を品定めする目だったんだ。

 あんなところに伏線が潜んでいたとは、想像もつかなかったよ。


 そんなわけで……うん、危機的状況ですね。

 認めましょう。所詮ボクは、か弱い幼女にすぎませんでした。助けてくださいお姉さん……っ!!

 




「今なんでもするって言ったよね!?」


 あぁ、なんてもったいないことを……。直感的に何かを感じ取り、わたしの口から叫びにも似た声が飛び出しました。

 直後、わたしは自身の発言と思考に首を傾げます。もったいないって何がでしょうか?

 分かりません。分かりませんが、今とんでもない絶好機を逃した気がします。


 おっと。見回りの最中だというのに、こんな風に気を散らしてばかりではいけませんね。今朝見たナーニャちゃんの泣き顔を、わたしはまだ引きずっているのかもしれません。

 ぎゅっと気を引き締め直し、再び森の中を駆け出しました。


「待っててね、ナーニャちゃん。お姉ちゃん、お役目しっかり頑張るから」


 半分くらいは自らに言い聞かせるような感覚で、独り言を呟きます。そして同時に、帰って玄関の扉を開いた瞬間、笑顔で出迎えてくれるであろう可愛い妹を思い浮かべました。

 頑張るという言葉とは裏腹に、わたしの頬は緩み切っていましたが……妹を愛する姉としては仕方がないことなのです。

 




「そろそろ行こうか、ナーニャ」

「ぴぃい!?!?!?」


 もうひとつの目的を果たすために立ち上がったオレを見て、ナーニャがものすごい声を発した。

 いや、そもそも今のは声……なのか? どこからあんな音を出したんだろう。


 ナーニャは存外、食に対して貪欲らしい。

 空いていたナーニャの左手を掴み、この場から移動しようと促すも、嫌だ嫌だと駄々でもこねるように首を振り、全力で拒絶の意思を示してくる。


「あら、そんなにもあたいたちの商品を気に入ってくれたの?」

「おうおうおう。お姉ちゃんぶっているナナシちゃん、最高に可愛いじゃねえか」

「駄々っ子な幼女も愛らしいなぁ」

「赤いソース、出血大サービスしちゃう……」


 好き勝手に呟く店主たちの発言を聞いて、オレは決意を新たにする。

 ナーニャの意思に反してでも、早くこの場を離れよう、と。




 初めこそ抵抗していたナーニャだったが、歩き始めてからはすっかり大人しくなった。

 心なしか目が死んでいるような気もするけど……やはり食べ足りなかったのだろうか? それはいくらなんでも食い意地が張りすぎだぞ、ナーニャ。


「おっ、ここだここだ」


 目的の屋台に辿り着き、オレは再び歩みを止めた。ナーニャも同じく立ち止まる。


「さぁて、お前にはどれが一番似合うだろうな?」

「…………?」


 ここは、フー姐お気に入りの小物屋だ。

 オレ自身はおしゃれなんてものに全然興味がないもんだから、自分ひとりで立ち寄ることはなかったのだが……ナーニャの可愛さを引き出すためなら話は別である。

 今であれば、しきりにオレをここへ連れてきたがっていたフー姐の気持ちが理解できる。これは非常に胸が躍るな。

 踊るほども胸がないだろうって? うるせえ。


 オレは昨晩、ワンピースで着飾ったナーニャを見て、さらに可愛くしてやりたいと思ったんだ。もっとも、これ以上となれば犯罪級の可愛さになってしまうかもしれないけどね。

 とはいえ、衣服はフー姐が揃えてしまったようだし、化粧が必要な年齢でもない。となれば、ヘアアクセサリーなんかが無難じゃないかなと。


 オレは、ヘアピンやヘアゴム、カチューシャなんかを適当に手に取っていく。


「これなんてどうだ? ナーニャの金髪によく似合う気がするんだけど」

「……?! んん! んんん!!」


 だがしかし、ナーニャは全力で要らないと主張してくる。

 はは~ん、これはつまり……まだ余計な遠慮をしているんだな? オレたちはもう姉妹なんだから、遠慮なんてひとつもいらないんだぞ。

 本当は可愛い小物、欲しいんだろ? オレはちゃんとわかっているから安心してくれ。


 ただ、ここにきてオレの経験値不足が小物選びの障害になっている。普段こういうものを選ぶことがないから、どれが良いのか判断が難しい。ぶっちゃけ、ナーニャにならなんだって似合うんじゃないかとも思うけど……。


 そのとき、オレの視界に黒いリボンが映り込んだ。それは、言ってしまえば何の飾り気もないシンプルな布切れだった。

 だが、シンプルゆえにナーニャの魅力を最大限まで引き出してくれそうな予感がする。素材を生かすというか、なんというか。


 手に持っていたカチューシャを放し、オレはそのリボンを掴んだ。そして、ナーニャの左耳少し上辺りまで腕を近づける。

 もしかして、ナーニャもこれが気に入ったのだろうか。先ほどまでのように遠慮する素振りを見せない。ならば、今が好機だ。そのまま流れでリボンを結びつける。……よし、上手く結べたぞ。


「んぅ?」

「か、可愛いなぁあああああああああ」

 

 そこにいたのは、まごうことなき美幼女だった。いや、もとから美幼女なんだけど。


「よし、このリボンをふたつ売ってくれ!」

「はいどうも、毎度あり~~」


 オレは即決でそのリボンを買い上げた。

 ひとつはそのままナーニャの頭に。もうひとつはオレの右手首に結びつける。これでお揃いってわけだ。少し照れるな。

 さすがにオレまで頭へ結びつけるのは、恥ずかしいというか柄じゃないというか……。

 兎にも角にも、これで目的は達せられた。うん、大満足だ。


「あぅう……」


 おいこらナーニャ、今頃になってそんな恥ずかしそうに顔を赤らめるなよ。つられてオレまで恥ずかしくなっちゃうじゃないか……。

 だが、もう絶対にこのリボンは手放さないぞ!

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