エルフは世話焼きですが、何か?

「気持ちの切り替えって大事だよな、うん」

「んん~~?」


 隣を歩くナーニャが訝しげに首を傾げているが、独り言なので気にしないでもらえると助かる。

 ナーニャと二人で過ごせる今日という日を満喫するためにも、今朝のダメージは記憶の彼方に捨て去ってしまいたい。


 さて、オレたちは今、里の中でも最も賑わっている中心通りを散策している。その目当ては、ずらりと展開されている屋台の数々だ。

 今朝収穫したばかりの野菜を売っている屋台や、焼き立てのベーグルを売っている屋台、大小さまざまな陶器を売っている屋台等々、多種多様な屋台が存在している。それらを目にしたナーニャの瞳は、これでもかというくらいにキラキラと輝いていた。

 ナーニャはなかなかに好奇心旺盛そうだからな。ここへ連れてきたら、絶対に喜ぶと思ったんだ。


「あらあらナナシちゃん、今日は可愛いお供を連れているのねぇ」

「おばちゃん! えっと……こいつは新しくできたオレの妹なんだ。可愛いだろ」


 手を繋いで歩いているオレたちに声を掛けてきたのは、肉屋を営んでいる顔馴染みのおばちゃんだ。

 まあ、雰囲気から判断しておばちゃんと呼んではいるものの、所詮エルフなので見た目で年齢なんて分からないのだが。実はオレと大差ない年齢だったりしたら、今更ながら本当に申し訳ない。

 ちなみに、フー姐や里で生まれ育ったエルフの大半は、見た目だけでもある程度までなら年齢を見極められるらしい。オレには到底無理な芸当だ。


 このおばちゃんが作る肉団子はかなりの絶品で、オレの好物のひとつだったりする。そんなわけで頻繁に買いに来ているものだから、気がつけばすっかりおばちゃんと親しい関係を築いていた。


「よいしょ。これ、サービスだからひとつずつお食べなさいな。ナナシちゃんの妹さんなら、今後常連になってくれるかもしれないからねぇ」


 そう言って、おばちゃんはオレとナーニャに作りたての肉団子をくれた。

 ぶっちゃけサービスしてもらわなくたって、この肉団子はナーニャに買ってあげるつもりでいたんだけど……せっかくの好意だ。ここは素直に甘えておこう。その代わり、しっかり感謝しないとな。


「おばちゃん、いつもありがとう! また今度、大好きな肉団子たくさん買いに来るよ」

「ぁり……ーーーー!」

「おほほ、どういたしてまして」


 オレは、頭を下げて感謝の気持ちを言葉にする。すると、おばちゃんから肉団子を受け取ったナーニャも、オレを真似して頭を下げた。

 ……こいつ、本当にフー姐の考えているような劣悪な境遇で育ったのだろうか? それにしては、育ち良い感が滲み出ているというかなんというか。

 まあいいか。オレを真似するナーニャの姿は、これまためちゃくちゃ愛らしいからな。それ以上に気にすべきことなんて何もない。




 このまま、肉団子を食べつつ歩いても良いのだけれど……注意力散漫になったナーニャが万一に転んで怪我でもしたら、フー姐に合わす顔がない。

 というわけで、近くにあったベンチまでナーニャを誘導し、二人で腰を下ろした。

 ナーニャが、もう我慢できないとでも言わんばかりの勢いで肉団子を頬張る。


「どうだ? 美味しいだろ!」

「んふ~~!」


 肉団子を口に詰め込み満足げな表情を浮かべるナーニャを見て、オレの頬が緩む。


 ナーニャは食事のとき、いつも幸せそうな表情を浮かべている。それは、初日に見せた不安げな表情からは想像もつかないほどに。

 でもまあ、その気持ちはオレにもよく理解できる。美味しい食べ物ってやつは、万人を幸せにしてくれるからね。


「……オレのも食べるか?」

「ーー、ーーーー?」


 ナーニャがあまりにも幸せそうに食べているものだから、すっかり見惚れてしまい、自分の分に手をつけ損ねていた。

 この様子をもっと眺めていたい……そんな思考に従い、オレはもうひとつの肉団子をナーニャの口元まで持っていく。


「ほらよ。あ~ん、だ」

「……にゃ!?」


 ナーニャに口を開けるよう促したら、思いっきり目を泳がせて狼狽え始めた。

 これって、そんなに狼狽えるようなことなのだろうか? フー姐は、オレに対してこんな感じのこと頻繁にしてくるし、姉妹なら普通だと思ってたんだけど。もしかすると、考えを改めた方が良いのかもしれない。

 それはそうと、にゃ!? って……とてつもなく可愛いな、おい。


「あむっ…………んふ~~!」


 オレが肉団子を引っ込めようとしたタイミングで、ナーニャが意を決したようにかぶりついてきた。直後、また幸せそうな表情を浮かべる。

 ふふっ、本当に美味しそうに食べる奴だな。


「おやおや、嬢ちゃん良い顔で食べるねえ」

「なあ、そこのお嬢さん! うちの焼き芋もぜひ一度食べてみておくれや」

「あたい自慢のミックスジュースもあげるわよ!」

「わたしの店のパイだって!」


 部外者に対して、とことんまでに冷たい種族……それがエルフだが、一方で身内に対してはかなり甘々だったりもする。オレ自身もこの里では随分と可愛がってもらっているから、よく実感している。とにかく面倒見が良いタイプが多いのだ。

 そんなエルフの店主たちが、ナーニャの幸せそうな表情を目撃したらどうなるか。その答えが、これだ。ナーニャの周りには、近くの店主がぞろぞろと集まってきていた。


「ーーーーんぐ……もぐもぐ」

「いい食べっぷりだ、嬢ちゃん!」

「芋はのどに詰まりやすいから気をつけな」

「ほら、ジュースも飲んで飲んで」

「パイは持って帰れるように包んでおくね」


 ……ものすごい接待だな。

 ナーニャを囲む店主たちが、こぞって自分の店の商品を食べさせている。屋台がもぬけの殻になっているんだけど、大丈夫なんだろうか?

 ナーニャも最初こそ戸惑っていたけれど、もうすっかり食べることに夢中になっている。店主たちが嬉しそうなので、オレも止めないけど。


「ほら、アンタも食べな」

「ナナシちゃん、今日も可愛いわね~。はい、いつもの赤果実スムージーよ」

「貴女の分のパイも一緒に包んでおいたよ」


 というか、オレもナーニャと一緒になって餌付けされている最中だ。くっ、美味しいけどさ……いつまでオレを子ども扱いするんだろうか、この世話焼きたちは。


「あぁん、姉妹揃ってもぐもぐしてる……! ナニコレ尊いわぁ。尊いわぁ」

「だよなだよな。ひたすら共感するぜ」

「この子ら姉妹だったのか。なんというか、見ていてグッとくるものがあるな。堪らんわ」

「あっ、尊すぎて包みの上に赤いソースが」


 ……………………。


 くっそ恥ずかしくなってきた。お腹もだいぶ膨れたことだし、一刻も早くこの場から立ち去りたい。未だ何も買ってないんだけどさ。




 いや、今日ここに来た目的は、もうひとつあったんだよな。危ない危ない、本気で忘れたまま帰っちゃうところだった。


 というわけで……そろそろ行こうか、ナーニャ。

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